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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第十一章 変わりゆく日常
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第三百二十二話 ラーメンを作ろう

 荒廃したタールカール大陸の再生をペスカと冬也に依頼した女神フィアーナは、「住む場所が無くちゃ困るでしょ」と、半ば強引にエルラフィア王国にある都市マーレに有るペスカの屋敷を使用人ごと移動した。


 当然、問題は大有りである。


 タールカール大陸は、未だ何も無い荒野同然。使用人達がそんな荒野で暮らせるはずも無い。急遽ペスカと冬也は、屋敷付近のライフライン整備に着手せざるを得なくなった。

 土地に神気を注ぎ、屋敷周辺数キロ程度の緑を活性化させ、井戸を掘り水を汲んだ。更に湧き水から川へと、水源の確保を充実させた。


 ペスカの屋敷は、海辺に近い小高い丘に移された為、漁を行えば魚には困る事は無いだろう。

 しかしペスカと冬也は、ブルに屋敷の周囲を開拓する様に頼んだ。ブルは、快く引き受け屋敷の周囲に農地を作り上げ、幾つかの作物も植えていった。


 それでも、生活には足りない物ばかり。のんびりと、時間をかけて行うつもりだったタールカール大陸の再生は、急ピッチで進めなくてはならなくなった。


「これってフィアーナ様の作戦じゃない?」

「まったくだ。ちっとお仕置きしなきゃな」

「お兄ちゃん。かなり痛めの、デコピンね」

「わかってるぜ、ペスカ。でこが凹むくらいのやつをお見舞いしてやる」


 転移の魔法が使えるペスカ達は、寝場所に困る事は無い。そもそも、ドラグスメリア大陸での生活に慣れていたペスカ達は、野宿を苦痛にしていない。


 しかし、使用人はそうとは限らない。それにも関わらず強引に屋敷を移動させた件は、使用人だけの問題に留まらなかった。


 英雄ペスカの屋敷が有る事で、観光客が途絶える事が無かったマーレは、有名な観光スポットを失っただけでなく、大きな財源も失った。

 著しい問題が、一都市に降り注ごうとしている中、一部のマーレ市民達からはペスカと共に自分達も移住しようという声が上がり始めた。


 マーレには、エルラフィア王国の中で一番の漁獲量を誇る漁港が有る。そこから、多くの人が移住すれば、問題は一都市だけに収まらない。 

 そして「ペスカと共に」という声は、あっという間に国中へ広がる。騒動は一時、エルラフィア王国の基盤を揺るがしかねないほど、大きく広がっていった。


 フィアーナは改めてペスカの影響力を知る事になる。しかし後の祭りである。問題は、早急にロイスマリアの世界議会で審議にかけられた。

 国民の流出は、財源確保に大きな影響を与える。だが、世論の力を無視すれば暴動に繋がり兼ねない。とは言え、タールカール大陸は未開の土地に近い。

 議会は特別措置として、マーレ市民を含む一部のエルラフィア王国民、約百名を開拓者として、タールカール大陸に移住させる事を決めた。


 自分達の知らない所で大きくなる騒ぎに、ペスカと冬也が閉口するのは無理も無い事だろう。

 ペスカの屋敷を中心に町が作られていく。漁船の建造や船着き場の整備、住宅の建築に水道工事と、日々を忙しく過ごすペスカと冬也はとても疲れていた。


 そして、忙しい時にこそ事故は起こる。冬也が大地に神気を強く流し過ぎた結果、作物の異常繁殖が発生した。

 それを知らない住民が、冬也の神気が多く含まれる作物を、養豚用の飼料に混ぜてしまう。その結果、神気を吸収した豚のマナが、異常活性しオークとなった。


 オークは直ぐに冬也の手で退治され事なきを得る。しかしその事故を誰が責めよう。


「みんな、本当にごめん。俺の不注意だった」

「いや、気にしないで下さい冬也様」

「そうだよ、冬也様。飼料に混ぜちまった俺達の不注意でも有るんだ、お互い様だよ」

「冬也様は、直ぐにモンスターを倒して下さったじゃないか。ありがとう、冬也様」

「気にしちゃ駄目ですよ、冬也様」

「そうさ。みんなで、町を良くしていくんです。お二方だけに負担をかけちゃいけない。私達にも頑張らせて下さい」


 頭を下げて回る冬也に向かい、住民達はただ笑って答えた。少ししょげている冬也に向かい、口々に告げられる励ましの言葉。それは冬也の心を温めた。だからこそ、冬也の中に申し訳ない気持ちが増していた。

 

「でもなぁ、せっかくの豚なのに。豚達にも可哀想な事をしちまった」


 確かに豚がモンスター化し、オークとなれば肉は脂っこくて食べられたものではない。冬也の言葉に、住民達の表情が曇り始める。しかし、ペスカがその状況を覆す様に、あっけらかんと言い放つ。


「なら、オークを使ってお料理大会だね。前に作ってくれたあれ。豚骨ラーメンが食べたいな、お兄ちゃん」


 聞きなれないラーメンという言葉に、住民達は不思議そうな表情で首を傾げる。しかし数時間後、未知との出会いが住民達の顔を笑顔に変える。


 オークの解体から始まり、肉の下茹でやスープ作り。冬也が忙しなく手を動かし、ペスカ屋敷の使用人達が手伝い始める。

 最初こそオークのゆで汁から放たれる強烈な匂いに鼻をつまみ、物珍しそうに遠目から眺めていた女衆が、自分達もと手伝い始めた。

 さながら料理教室の様相を呈し、盛り上がりをみせていく。


「野菜を丸ごと入れるんですか?」

「あぁ。ただでさえ、オークは普通の豚よりも油が強いし匂いもきつい。だから、しっかりと下茹でするのと、たっぷり野菜を入れる事が大事なんだ。こまめに灰汁を取るのも、忘れんなよ」


 熱心に冬也の説明を聞き、手を動かす使用人や女衆。作業はスープ作りから始まり、麺作りやチャーシュー作りに移っていく。

 手分けをしながら、次々と仕込みを続ける一同。ただ冬也は、前回作った豚骨ラーメンとは、違うものを作ろうとしていた。

 何故なら、何日か前に完成した、干し貝柱や昆布等が目の前に有る。最上の出汁作りにもってこいの食材を使わない手はない。

 目指すは、豚骨と魚介系を合わせたダブルスープ。


 冬也は魚介の扱いに慣れたマーレ出身の女衆に、魚介出汁を作る様に指示をする。続いて冬也は、男衆を集めて豚肉の燻製作りを教え始めた。

 貴重な保存食になる事を教えられ、燻製作りの講座も好評を博した。元より何日もかかる燻製作りである。ラーメンと一緒に食す事は出来ないが、誰もが深刻な飢えを乗り越えて来た者達である。その目は真剣そのものであった。


 仕込みが終わる頃には、日はとっぷりと暮れていた。男衆の手でテーブルや椅子が運ばれ、フードコートの様な光景が作られる。

 辺りには芳醇な匂いが立ち込め、人々の鼻孔をくすぐる。誰もが腹を鳴らし、自然と涎が溢れていた。


 塩だれに二つのスープを合わせると、湯切りした麺を滑らせる。そして、薄くスライスしたチャーシューとネギをを乗せ、特製ラーメンは完成に至った。

 

 最初に味わうのは、ペスカである。


 注目が集まる中、ペスカは器を覗き込む様に、香りを堪能する。そして徐に匙で掬ったスープを、舌でじっくりと味わう。

 続いてはラーメンの醍醐味である麺、ややちぢれた麺を啜ると濃厚なスープが麺に絡み、口の中いっぱいに小麦の味とスープの香りが広がる。

 更には油が多めの部位と、食感の良い部位の二種類を使ったチャーシューが、最高のアクセントとなり舌を喜ばせる。

 

「サイコーだよ! お兄ちゃん、すっごくおいしーよ!」


 ペスカの言葉に周囲には歓声が上がる。そして、こぞって冬也の周りに集まる住民達に、冬也はひたすらラーメンを提供し続けた。

 冬也は一杯ずつ丁寧にラーメンを仕上げていく。口にした者は、次々に感嘆の声を漏らした。


「最初は独特の匂いで、どうなる事かと思ったけど、美味しいわね」

「癖になる味だ。オークがこんなに美味しいく食べられるとは思わなかった」

「味が深い。貝の出汁だけでは、こんな強い味にはならないな」

 

 ロイスマリアに、麺料理が無かった訳では無い。今日ここに新たな麺料理、ラーメンは全く新しい味で有った。そして瞬く間に、タールカール大陸で周知される。そして各家庭で改良され、様々な味のラーメンが作られる事になる。

 

 最後の一杯となったラーメンを啜り、冬也は呟いた。


「何だか久しぶりだな」


 冬也はほっとした様に姿勢を崩す。その隣には、ちょこんとペスカが腰を下ろす。 


「あの時は、空ちゃん達が居たからね」

「あぁ。そういや元気にしてるかな」

「空ちゃん?」

「いや、ウィルだよ」


 冬也の意外な回答にペスカは目を見開く。

 

「えっ! そっち? まぁでも、ウィル君か。懐かしいね」

「そうだ。あいつにもラーメン食わせてやろうぜ!」


 良い事を思いついたとばかりに、冬也は勢いよく立ち上がる。その姿に、ペスカは少し溜息をついた。


「まあいいけど。流石に空ちゃんが不憫になってきたよ」

「ペスカ、何か言ったか?」

「気のせいだよ。おにいちゃんの鈍感バカ」


 少し剥れるペスカの意図を知る由もない冬也は、さっそく次の仕込みに取り掛かる。未だ果たされていない約束、それは流石のペスカも、無二の親友でありライバルでもある空に対し同情を禁じ得なかった。

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