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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第十一章 変わりゆく日常
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第三百二十一話 失踪事件を追え 後編

 暫く様子を見ていたペスカであったが、決意した様に建物に近づいていった。そして、勢いよく戸を開ける。

 それまで賑やかだった建物内は、一気に静まり返る。椅子に座った多くの子供達の視線が、ペスカに集中した。そして建物内を見渡すと、壇上に立つものに向かいペスカは言い放った。


「あんた! 何やってんのよ! こんなところでさぁ!」


 ペスカの瞳からは、涙が零れだしていた。


「おぉ、ペスカ。ようやく来たのかね。待っていたんだがね」

「だからさぁ……」

「授業中は静かにするものだよ、常識じゃないのかね。それとも君は、この状況を見てわからないかね? 私の事さえ忘れたと言うのかね? 見たまえ、私の生徒達を! どの子も優秀だ! 素晴らしい才能だ! 私や君とも違う、個性豊かな子供達だ!」

「違うよ……」

「何が違う? もしかして、嫉妬しているのかねペスカ。だとすれば、私はようやく君に勝てたと言う訳か」

「そうじゃないよ……」

「何がだね? 私が既に死んでいる事が不思議なことかね? 確かに私の肉体は、ロメリアに支配された時に失われた。しかし私は教育者だよ! 君の様に、企画だけして放り投げる無責任な人間とは違うのだよ! 有能な子が死に瀕している。私が救わなくて誰が救うと言うのだね? 私はこの子らに、生活の知恵を授けた。知識を教えた。しかし、自分達の力で生き抜いたのはこの子らだ! 誇らしいと思わないかね? エルラフィアの将来を。いや、この世界の将来を担う、宝だと思わないかね?」

「ドルク……」


 ペスカは、言葉に詰まっていた。そしてペスカは顔を両手で覆い隠す。しかし涙は滂沱の様に流れ、抑える事は出来なかった。


 少しの間、静寂が訪れる。すると子供達から、催促の声が投げかけられた。

 

「せんせ~、続きは~?」

「ねぇ~、話の続きを聞かせてよ~!」

「せんせ~。せんせ~ってばぁ~!」


 子供達は笑顔をいっぱいに浮かべて、ドルクに声を掛けていた。子供達は当然の様にドルクを受け入れていた。


 既にドルクは死に、魂魄だけの存在である。幽体の様に、僅かに存在を現出させている。ただ、そんな事は子供達にとって些細なのだろう。何せドルクは、飢えから救ってくれた恩人なのだから。

 全幅の信頼を寄せている様にも見えるのは、それ故であろう。だがドルクは、ペスカと後方に配された警邏隊の存在を確認すると、子供達に向かい静かに首を横に振った。


「私の授業は、ここまでなんだね。君達はこれから、元の生活に戻るんだね」

「何でだよせんせ~」

「やだよ、もっと続けてよ、せんせ~」

「せんせ~。元にって何? わかんないよ」


 ドルクの言葉に、騒ぎだす子供達。それでもドルクは、言葉を続けた。


「ずっと、言って来た事を忘れた訳では無いのだろう? 君達は優秀なのだからね。私は既に死んだ身、いま君達が見ている姿は、私の魂魄が作り出した幻に過ぎない。別れの時は訪れる。それが今なのだよ」


 子供達は、一斉に俯いた。多くの子供が嗚咽している。そして、ぐっと堪える様に押し黙り、ドルクはペスカに視線を向けた。


「良いんだね?」

「勿論だとも」


 短い会話であった。そして、ペスカは警邏隊に視線を送る。ペスカの後ろで待機していた警邏隊が、建物の中に入っていく。警邏隊が、子供達を保護しようと手を伸ばす。

 

 別れの時が来た。子供達は大声で泣き喚きながら、縋り付く様にドルクの周囲に集まる。当然、ドルクに触る事は出来ない。しかし子供達は、ドルクから離れようとしなかった。

 

 帰ろう。


 そう言われても、何処に帰ると言うのだ。両親を亡くし、身寄りもない子供達の居場所は、ドルクの下なのだから。


 ドルクは、決して優しいだけじゃなかった。糧も無く、生きる気力すら沸かない自分達を、懸命に鼓舞してくれた。

 いま、生きて居られるのは、ドルクのおかげ。誰もがそう思っていた。誰もがドルクを尊敬し愛していた。

 誰もが理解をしていた。ドルクと自分達が違う事を。ドルクには体が無い事を。そして常々、言われてきた。

 

「君達には、帰らなければいけない場所が有る。私にもだよ。いずれ別れの時が来ても、悲しまないで欲しい。君達には未来が有る。輝ける未来に向けて、歩みを止めないで欲しい」


 だが、突然の別れを受け入れる事は出来なかった。子供達は、涙を止めることは出来なかった。

 ドルクもまた、言葉を詰まらせていた。肉体が有れば、涙を流していただろう。別れを惜しむ様に、痛切な表情をドルクは浮かべていた。


「ねぇ。聞いて」


 泣き声が止まない建物の中で、静かにペスカが口を開く。

 

「ドルクはね、魂魄を削って君達の傍に居てくれたの。このまま世界に留まり続けたら、ドルクの魂魄は消えて無くなっちゃう。そしたら、ドルクは生まれ変わる事が出来なくなっちゃうんだよ」


 穏やかに語るペスカの言葉は、泣き喚く子供達の耳に届いていた。そして次々と、涙を堪える様に子供達が顔を上げる。

 別れを惜しむより、ドルクが消滅する事を恐れたのだろう。そんな子供達を、ドルクは誇らしげに見守る。


 そこには、確かな絆が存在していた。


「私は生まれ変わって、かならず君達と会う事を約束しようじゃないかね。だから、しばしのお別れだ」


 小さな子供にさえわかる、保障の無い約束の言葉。しかし子供達は、ドルクの言葉に大きく頷いた。

 口々にドルクへ誓いを立て、子供達は警邏隊と共に建物を後にする。止まる事の無い涙、だが決して歩み続ける事は止めない。


 ドルクの教えが、子供達の中に息づいていた。


 やがて、全ての子供達が建物から出ていった。その様子を見届けると、ドルクはゆっくりと天を仰ぎ、呟く様に語り始めた。


「これで、私の罪が消えたなんて思っていないんだよ。でも、少しは罪滅ぼしをしたかったのは事実なんだ。私は悔いているんだよ。ペスカ、君を憎んでしまった事にね。後は地獄だったよ。ロメリアに支配されても、私の意識は残っていたからね。子供達やセムス達に手をかけた事は、悔やんでも悔やみきれないよ。多くの犠牲を生んだ。私のせいで罪もない人々が死んだ。全て紛れもなく、私の罪なんだよ」


 そして、ドルクはペスカに近づく。


「ペスカ。神々に頂いた時間は、もう終わりだ。私は裁かれる時が来た。連れて行ってくれ」


 ドルクはペスカに向かい、深く頭を下げた。そして頭を上げるドルクは、沈痛な面持ちで呟いた。

 

「あの子達に無責任な言葉を掛けてしまった。罰を受ける私が、再びあの子達と会えるはずがない。悪いが、ペスカ。あの子達の事、頼まれてくれないか?」

「やだよ。謝りたければ、直接謝りなよ。知ってるでしょ? 私はあんたの事が嫌いだってさ」

「そうだったな。私も君のそんな所が、大嫌いだよ」


 ドルクは苦笑いを浮かべる。そしてペスカは、涙を流しながら神気を高めた。


「じゃあね。生まれ変わっても、私の目の前には現れない事を願っているよ」

「馬鹿かね。そんな事は有り得ない。さらばだ、盟友」


 ドルクの姿が消えていく。完全に消え去った後、ペスカは冬也に抱き着き、声を出して泣いた。暫く、ペスカが泣き止む事はなかった。


 ☆ ☆ ☆


「もう、怒らないでよ。ねっ、ペスカちゃん。大丈夫、私が何とかするし」


 数日が過ぎて、女神フィアーナの所を訪れたペスカと冬也。今回の失踪事件に関わっているであろう、フィアーナを問い詰めていた。


 話を聞くところ、ドルクの肉体が消滅した頃は、未だ魂魄は解放されていなかった。解放されたのは邪神ロメリアが、消滅した時であった。

 しかし、当時は死者が多く多忙だった女神セリュシオネは、ドルクの魂魄が回収されていない事に気が付いていなかった。恐らく悔恨の念が強すぎたのだろう。地上に留まり続けたドルクの魂魄を発見したのは、後になっての事だった。

 

 魂魄を削りながら、ドルクは地上に留まる。ドルクの存在に気が付いたのは、丁度アルドメラクが消滅した頃だった。

 ただ、子供達を保護するドルクを見たフィアーナとセリュシオネは、暫く様子を見る事に決め、周囲に結界を張った。

 元より天才であるドルクは、女神が結界を張った事に気が付いていた。だからこそ、子供達に言い聞かせていたのだろう。


 終わりの時間は訪れると。


 そうでなくても、魂魄を削り続けているドルクに、残されてる時間はそう多くはなかった。


 子供が目撃されたのは偶然ではない。好奇心旺盛な一人の少年を、誰かの目に留まる様に誘導し、結界を緩めたフィアーナの目論見であった。

 後は、因縁のある間柄であるペスカを呼んで、決着をつけさせればいい。事は、フィアーナの思惑通りに進んだのであった。


「絶対だよ、フィアーナ様! あいつが、一番の被害者なんだからさ」

「わかってるわよ。たまには私を信じて任せなさい! これでも神の中で一番偉いんだもの」

「はぁ。その自信がどこから来るのか、聞きたいよ」

「大丈夫。許し認めるのは神の務めよ。それにあの子は、二度と間違えないでしょ?」


 フィアーナはフフっと笑う。

 ドルクが、再び子供達と出会うのは、そう遠くない未来なのかもしれない。ペスカは、少し思いを馳せて、空を見上げた。世界が彼らに優しくある様にと、願いを込めて。

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