第三百二十話 失踪事件を追え 中編
「厄介な事件?」
エルラフィア王の言葉に、ペスカはコテンと首を傾げた。それもそのはず、トールを始めエルラフィア軍には優秀な人材が居るはずだ。
更には、この国で神の姿を見つけるのは、そう難しい事ではない。何しろ、城の直ぐ近くに、女神フィアーナの滞在拠点があるのだから。
なのに、何故わざわざ自分達を呼んだのだろう。ペスカの疑問が、表情に現れていたのか、それとも冬也がわかりやすく顔を顰めていたのか。恐らく両方であるのだが、エルラフィア王は静かに口を開く。
「フィアーナ様に、お願いをしたのだ。しかし、フィアーナ様はお二人をご指名なさった」
エルラフィア王の言葉に、冬也は深いため息をついて頭を掻く。
「あのロリ! また人に仕事を押し付けたぁ~! 自分は暇で食べ歩きをしてる癖に!」
城内にペスカの声が響き渡る。その瞬間、城中の人々が一斉に足を止めたのは言うまでもない。そして冬也は、やれやれとばかりにペスカの頭を軽く叩く。
「でけぇ声出すんじゃねぇ、ペスカ」
「だってお兄ちゃん!」
「嫌なら、断ればいいじゃねぇか。何だかんだで、いつも引き受けるお前も悪い!」
「何その四面楚歌! お兄ちゃんは、私の見方じゃないの?」
「馬鹿! 取り合えず、話を聞いてから判断しろって言ってんだ!」
「うぉ~! お兄ちゃんにまともな事を言われると、無性に腹が立つよ!」
「うるせぇ!」
そして、ペスカの頭には、冬也の鉄拳が降り注ぐ。涙目になったペスカは、頭を押さえながら、エルラフィア王に視線を向ける。
「仕方ないから聞いてあげる」
ペスカはそう言うと、鼻をぐずらせた。エルラフィア王は、少し困った様な表情で冬也に視線を送る。しかし、冬也からは早く話せと言わんばかりに、冷たい視線が返って来る。そしてエルラフィア王は、神妙な面持ちになり話し始めた。
「何から説明すれば良いか……」
「最初から、全部だよ」
「承知した、ペスカ様。事の起こりは半年前の事だ……」
モンスター騒動がひと段落した後、一連の騒動での死亡者を確認する為に調査が行われた。
飢餓で死亡した数は多く、モンスターの被害に合い死亡した数も少なくはなかった。当時は身元不明の死体も多く発見された為、死亡者と生存者の数を照らし合わせるのは、非常に難航した。
半年かけて調査が完了した時に、出生届けが無い者を除き行方不明の子供が数十名ほど居る事が判明する。更に調査を重ねると目撃者が現れる。ただ、誰もが口を揃えて忽然と姿を消したと証言した。
訳のわからない証言と、かなりの月日が経過している事から、行方不明の子供達の捜索が行われる事は無かった。
「その子供達の親御さんは?」
「皆、死亡している」
「で、今更なんでそんな話が出てくるの?」
「数日前の事だ。南部の旧国境近くで、行方不明の子供らしい姿を見たと報告が有ったのだ」
「どういう事?」
「現場の責任者は、目撃情報を唯の幻覚だと思ったらしい。念の為に目撃が有った付近を捜索すると、結界らしき物が有る様でな。それも、広範囲に」
エルラフィア王が言い終えると、ペスカは考え込む様に目を閉じる。ただ冬也だけは、怪訝そうな表情を浮かべていた。
「なぁ。早く子供達を保護しなくちゃ不味くねぇか?」
「あのね、お兄ちゃん。例え半年の間でも、子供達だけで生活出来るはず無いじゃない」
「はぁ? そんなの別に難しい事じゃねぇだろ?」
冬也は首を傾げる。次は、ペスカが深いため息をつく番であった。
「はぁ……。お兄ちゃんは、もぉ」
「何でだよ! 普通の事だろ?」
「お兄ちゃんと、普通の六歳児とは違うんだよ。お兄ちゃんみたいに、ジャングルの最深部からサバイバルナイフ一本で、無事に生還しないんだよ!」
「ペスカ、そういう問題じゃねぇだろ?」
「わかってないね。子供達が無事かどうかが問題じゃないの。もし子供達が無事なら、その理由が問題なんだよ」
「それは、結界がどうのってやつか?」
「そうだね。何か裏が有りそうだし、調べてみよっか」
ペスカが冬也に向かい頷くのを確認すると、エルラフィア王はすぐさま部下達に、現地案内等の指示を出す。
それと共にペスカに目撃情報が有った現場を示した。やや騒がしくなり始めた謁見室内で、ペスカは最後の質問をエルラフィア王にした。
「この話は、セリュシュオネ様にはした?」
「勿論だ。フィアーナ様からして頂いた。セリュシュオネ様も、これはペスカ様の案件だと仰られて」
「ペスカ。セリュシオネがどうかしたのか?」
「いや、ただの確認だよ。それよりお兄ちゃん出発しよっか」
そう告げると、エルラフィア王に背を向け、ペスカは謁見室を出る。そして冬也はその後に続いた。
極力明るく努めたつもりであった。しかし、ペスカの心は重く沈んでいた。何故なら、エルラフィア王から聞いた犯行手口はかつて見た事があるから。
女神フィアーナや女神セリュシオネが自分を使命した理由からも、ペスカの懸念を確たるものにしていた。
「ペスカ。気が乗らねぇなら、止めて良い。俺が代わりに片づけてやる」
ペスカの僅かな機微を見逃す冬也ではない。そんな冬也の問いかけに、ペスカは首を横に振った。
「ううん、行くよ。これは、私が片づけなきゃいけない因縁なんだよ。だからフィアーナ様は、私を選んだんだ」
ペスカは精一杯の笑顔で冬也に応える。冬也は優しく微笑みペスカの頭を撫でた。
城を出ると、ペスカと冬也は目撃現場付近へ転移する。そこは、エルラフィア王国の南部、かつて小国との国境付近。もう存在しない小国へと行き交う者は無く、手付かずの鬱蒼とした森が続いていた。教えられた場所まで辿り着くと、確かに結界らしきものが存在した。
「おい、ペスカ。これって」
「わかってる」
全てを察したのか、ペスカは酷く悲しそうな表情を浮かべた。
「本当に、良いのか?」
「大丈夫、行くよ」
「そっか」
そっと手をかざし、ペスカは結界を破壊する。二人が森の中に足を踏み入れようとした頃、遠くから蹄の音が聞こえてくる。
目をやると、警邏隊が近づいて来るのが見える。エルラフィア王の手配であろう。ペスカは、警邏隊の到着を待ち、自分達の後に続くように指示をした。
ペスカと冬也は森に足を踏み入れる。そこには、明らかな違和感が有った。奥に進むと、道の様な物が有る。誰かが森の中に居る事は間違いないだろう。
一度世界は壊れかけた。再びこの周辺に木々が生まれて森が作られたとすれば、意図的に誰かが道を作った事になる。
更に奥に進むと、やや開けた場所に何かを栽培している畑が見つかる。警邏隊からは、口々に驚きの声が漏れていた。
そして、その先には拙く作られた掘っ立て小屋がある。森の奥には、小さな集落が出来ていた。
ペスカは一つ一つ確認する様に、奥へと進んでいく。冬也は全てを見届けようと後に続いた。
集落の奥には、やや大きめの小屋が見える。中からは少し高めの声が聞こえて来た。その様子に警邏隊が騒然とする。ペスカは人差し指を口に当て、静かにする様に警邏隊に促す。
子供の声で間違いないだろう。それも一人や二人ではない。はつらつとした声は、何かの問に答えている様に聞こえる。
穏やかな声と楽しそうな声が森の中に響く。それは、まるで小学校の授業を彷彿とさせた。
冬也がペスカを見やると、涙を瞳いっぱいに溜め堪えていた。結界を作った者の気配は、冬也も心当たりがある。もしかすると、ペスカは最初からこの状況をわかっていたのかもしれない。冬也は掛ける言葉が見つからず、ただペスカの肩に手をやった。




