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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第十一章 変わりゆく日常
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第三百十八話 憧れへ、その一歩を 後編

 少年は、祖父に剣を渡す様に要求する。当然ながら、受け入れられる事はない。ほんの数分前まで、少年はベッドの上で身動き一つしない、生ける屍であったのだから。


「馬鹿な事を言うな! お前は早く逃げろ!」

「逃げるのは、爺ちゃんだ。そんな痩せた身体じゃ戦えない! 爺ちゃんは、街の皆を避難させてくれ!」

「それは、お前の事だろ! 早く逃げろと言ってるんだ!」

「いま戦わなくて、どうするって言うんだ! 俺がちゃんとしてれば、お袋は死なずに済んだ! 俺は戦わなくちゃ駄目なんだ! もう逃げちゃ駄目なんだ! 戦わせてくれよ、爺ちゃん!」


 少年は、マナを体中に巡らせる。弱って動かない手足が、体そのものが軽くなる。


「お前……」


 祖父は目を見開いた。そこには、かつて天才と呼ばれた孫が居た。


「爺ちゃん、ぼーっとしてる場合じゃない! 早く!」


 少年は、祖父から剣を奪い取る。次の瞬間、飛び掛かって来るモンスターを、横薙ぎに切り捨てた。


 自分の命を繋ぐ為に、懸命に抗う母が居た。そして、弱った体でモンスターに立ち向かう祖父が居た。


 少年は知った。戦う本当の意味を。そして少年は街を駆けた。


 領都から遠い街には、軍の姿が見当たらない。街は惨状と化していた。

 溢れかえるモンスター。そして街の住人は各々が家に立てこもり、モンスターの襲撃に耐えていた。

 全ての住人が生き残っていた訳ではない。少年の母親の様に、モンスターに喰われる住人も少なくなかった。何よりも、飢餓の果てに打ち捨てられる様に、横たわる死体が少年の心を抉った。


 少年は現状を受け止める。


 尽きる事のない悔恨の念が、少年の心を締め付ける。しかし、立ち止まってはいけない。

 自分は、守られて生き延びた。次は自分の番だ。自分がこの街を守る。母がそうした様に。

 

 少年は、街を周りモンスターを切り捨てていく。住人達が、より安全な場所に避難できるように。

 

 モンスターは、数を減らす事が無い。だからこそ、少年は足を止めなかった。モンスターの襲撃が止む頃には、街はモンスターの死骸が積み上がっていた。


 全てが終わり母の仇を討っても、少年の心は晴れる事は無かった。そして、少年は王都に上京し軍に戻った。

  

 ☆ ☆ ☆ 

  

 冬也に頭を下げ続ける少年。ただ、冬也が簡単に首を縦に振る事はない。冬也は少年を一瞥すると、吐き捨てる様に言い放つ。

 

「止めとけ。てめぇじゃアルキエルは満足しねぇよ」

「お願いします」


 冬也は、頭を下げる少年の脇を、通り過ぎようとする。それでも少年は、冬也の行く先に回り込み頭を下げた。

 

「しつけぇよ! それなら、もう一度聞くぜガキ! てめぇは何で強くなりたい? 何で力を求める?」

「守る為! 失った命に報いるには、それしかない! 俺は守る! もう何も失いたくない!」

「馬鹿かてめぇは! 自分の命すら守れねぇ野郎が、大層な事を抜かしてんじゃねぇよ!」

「それでも! 俺は引けない!」

 

 冬也は頭を掻いた。少年の意思は本物だろう。そして冬也は、少年がかなりの実力者で有る事を理解していた。

 しかし、早すぎる。それが、冬也の答えであった。


 少年が心身共に成長を遂げれば、いずれその時は来るだろう。しかしアルキエルは、曲がりなりにも戦いの神である。未だに、人の命を軽んじている節が有る。

 冬也という枷があるから、死者が出ないだけ。アルキエルなら「死んだって、生まれ変わればいいじゃねぇか。何度だって生まれ変わって挑んで来いよ」と、間違いなく答えるだろう。

 

 実の所、冬也にとって戦いの技術を後世に伝える事など、二の次であった。冬也が指名したサムウェル達四人は、アルキエルに心の強さを学ばせるべく、冬也が選んだ人物である。


 それを語り聞かせた所で、目の前に立ち塞がるこの少年は諦める事はないだろう。ならば、圧倒的な実力差を示し、諦めさせるしかない。


「仕方ねぇ、一度だけチャンスをやる。十分間だけ、俺はここから動かねぇ。俺に傷を一つだけ付けてみな」


 そして冬也は少年を威圧した。鋭い眼光が少年を射抜く。

 

 冬也は神気を解放した訳では無い。それでも、様変わりした冬也の存在感。これが、幾多の戦いを潜り抜けた男の姿だろう。

 周囲にビリビリとした、緊張が走る。木々は暴風に吹かれた様に、ざわめく。この場で平然としていられるのは、ペスカだけだった。

 トールは、声すら発せずに固まっている。少年も同様に動けなかった。


 確固たる意志が、どんな技術をも凌駕する。それは、異世界ロイスマリアと地球で、何が変わるだろう。

 例えば、拳銃で命を狙われたとして、どうすれば生き延びる事が出来るか。答えは、動く事だろう。

 がむしゃらにでも、動き続けて自分から狙いを逸らす。ただ、何が何でも生き延びる意思がなければ、拳銃に怯え簡単に動く事は出来ない。


 戦いに必要なのは殺す技術ではない、意思の力である。それを違えれば、道を踏み外す。特にこのロイスマリアでは、意思の力が顕著に表れる。

 

「こんなんでびびってたら、アルキエルの前にすら立てねぇぞ!」

 

 少年は覚悟して、この場に挑んだ。しかし、戦いにすらなっていない。少年は冬也に打ち込んですらいない。 


 冬也と少年では、乗り越えて来た修羅場の数が違う。少年は憧れのその先を、目の当たりにした。現実を突きつけられた。

 

「そもそもよぅ。トールさんも、他人に押し付ける所は何も変わってねぇなぁ。翔一の件、俺が知らねぇとでも思ったか? このガキはあんたの部下だろうが! 何で自分で何とかしようと思わねぇ、丸投げしてんじゃねぇよ!」


 トールは、死地を超えて来た。軍を再編し、多くの民を救ってきた、この国で一番の勇敢な軍人だ。それを認めているからこそ、冬也はトールに敬称を付けて呼んでいる。

 少年の剣の腕は、トールを遥かに超えるだろう。トールは少年に多大な期待を寄せて、少年はトールに恩義を感じているのだろう。

 エルラフィア軍のトップであるトールが、わざわざ一介の少年兵に付き添う事が、何よりもの証である。冬也が敢えてトールを罵倒した言葉、それが少年の心を刺激した。


「俺を馬鹿にするのは、構いません。だけど、隊長を悪く言うのは止めて欲しい」


 少年は冬也の威圧に耐え、精一杯の言葉を口にする。

 

「だったら、何だって言うんだ! トールが腑抜けなのは、変わりねぇだろうが!」

「撤回して下さい!」

「だったら、実力で撤回させてみせろよ、クソガキ!」


 少年は一歩を踏み出す。そして、冬也の間合いに踏み込むと、拳を振り上げ鋭い突きを見舞う。しかし、少年の突きは冬也に届かない。簡単に手で跳ね除けられ、少年は勢い良く後方へ吹き飛んだ。

 

 実力差は明白、結果はわかっていた事だった。それでも少年は立ち上がった。

 

 何故に少年は、ここまでアルキエルの弟子になる事に固執するのか。それは、ここ数か月の間に出版された、勇者シグルドの伝説と言われる、一冊の書籍が元になっていた。

 そこに綴られていたのは、仲間を守る為に、他国の民を守る為に、命を懸けて神と対峙するシグルドの姿。最後まで己の使命に忠実であった崇高なシグルドを知り、少年ははっきりと進むべく未来を見据えた。

 

 自分が守れなかった命。それは、自分が不甲斐ないから。少年の脳裏に母親の最後がちらつく。一歩でもシグルドに追いつきたい。あの高みに近づけば、自分でも守る力が手に入る。

 

「引けない、折れない。もう俺は逃げない!」


 再び冬也に飛び掛かる少年。冬也は少年を払い除ける様に、吹き飛ばした。


「悲壮感丸出しで、何もかも背負った気になってんじゃねぇ! てめぇが何を背負えるってんだ、あぁ? 守るだぁ? たかだかモンスターを倒した位で、調子にのるんじゃねぇ!」 

 

 多くの傷を作り、体の痛みを無視して、何度吹き飛ばされても少年は冬也に挑む。

 冬也の定めた十分間など、とうに過ぎていた。少年は、冬也に挑む事を止めなかった。数時間が経過しようとした頃、少年は力尽きて崩れる様に倒れた。


「失格だ!」 


 冬也は、倒れる少年を見下ろす様に、言い放つ。だが、冬也の言葉はそれでは終わらなかった。


「お前はまだ弱い。だから修行を続けろ! お前はまだ足りない、だからもっと学べ。トールさんは、間違いなくエルラフィアで一番の軍人だ。まだトールさんから学べる事は多いはずだ。焦る事はねぇよ、お前が一人前になった時には、必ずアルキエルの相手になって貰う」


 薄れゆく意識の中で、少年は冬也の声を聞いた。そして、冬也はトールに近づくと、拳で軽く胸を叩く。

 

「すみませんでした、冬也様」

「あんたのその甘い所、俺は嫌いじゃねぇよ。逸材だ。しっかりと育ててくれよ。あんたにしか教えてやれねぇ事があんだろ?」

「畏まりました、冬也様」


 トールは再び冬也に頭を下げると、少年を抱えて去っていった。冬也は、トール達を見送ると徐に口を開く。


「それで、ペスカ。何か言う事があるよな」

「何の事かな?」

「とぼけんじゃねぇ、ペスカ!」

「いひゃい、いひゃい。おにいひゃん、やめれ」


 ペスカは冬也に両の頬をつねられた。久しぶりの痛みに、ペスカは涙目になる。


「だから言っただろ! あんな本を出したら、影響される奴が出るって!」

「うっさい! おにいちゃんの馬鹿! あの子のやる気がマシマシになったのは、私のおかげでしょ?」


 ペスカは冬也の手を振りほどき、言い返す。確かに、ペスカの言う通りかもしれない。少年の記憶を覗き見た冬也は、複雑な気持ちで空を見上げた。


 未来は自分の力で切り開く事が出来る。諦める事が無ければ。そして少年は、きっと憧れのその先に辿り着くだろう。冬也はそんな光景を想像し、笑みを零した。

 

 これは剣に一生を捧げた少年の物語。次代を担う、英雄の序章である。

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