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第三百十一話 怨嗟が途切れる時

 魔獣の大陸ドラグスメリアから、モンスターが消えた。絶望を乗り越えて強くなった鋼の精神は、アルドメラクが放つ邪気を寄せ付けなかった。

 鍛えられた体や技、そして種族を超えて団結する力が、モンスターを圧倒した。


 邪神ロメリアの分霊体に大陸を蹂躙され、多くの命が奪われ、自らも命の危機に瀕した。

 確かにペスカと冬也、それにエレナの存在がなければ、今のドラグスメリア大陸は無いだろう。

 魔獣達は幾多の困難を乗り越え、強く逞しくなった。誰もが勇敢な戦士であった。だからこそ、アルドメラクの悪意に、屈する事は有り得ない。


 彼らはまさに、勝利者であった。


 人間の大陸ラフィスフィアからも、モンスターが消えた。

 ラフィスフィア大陸は、三つの大陸で最も飢えた大陸であった。全ての人間が疲弊していた。それでもモンスターを駆逐した。

 武器を取って戦う者達がいた。その一方で、武器を持たない者達も、それぞれの立場で抗っていた。


 英雄の言葉が、頭の中でリフレインする。

 諦めるな、生きろ、守れと。


 庇い合い、支え合いながら、必死に生き延びようと避難した。やつれて動かない体を、精一杯に動かした。

 一人では動かせない体。しかし二人、三人と力を合わせれば、動かす事が出来た。助け合う事が嬉しかった。そして、助けられたからこそ、手を差し伸べた。傷つき、血を流す同胞を見捨てなかった。人間達は一つになっていた。

 

 亜人の大陸アンドロケインから、モンスターが消えた。


 手を取り合う事が無い亜人達が、共に肩を並べて戦った。それは諍いの歴史において、初めての奇跡であった。


 農業国であるミノタウロスの国から、最も遠いライカンスロープの国は飢餓に瀕し、命を落とす者が多かった。

 困窮に喘ぐライカンスロープ達は暴走し、戦争が始まった。各地で相次ぐ戦争、そしてエルフの暴挙。狂乱が続く大陸には、狂気に満ちていた。

 

 ミューモが各地の戦争を止めなければ、全ての亜人達がアルドメラクの邪気に呑まれ、最後の一体になるまで殺し合っていたかもしれない。

 全ての種族が、滅び去ってもおかしくは無かった。しかし、亜人達は手を取り合った。新たな歴史の一歩を、確実に踏み出していった。


 そんな地上に生きる者達の行動が、神々に力を与えた。


 かつて、神々が地上ロイスマリアから離れた時に、世界の崩壊は始まった。荒れる大地、枯れる川、淀む海、風は吹く事を止めた。


 しかしロイスマリアは、再び神々の神気で満たされた。停滞したマナは、循環を始める。

 澱みが消えていく。狂気が消えていく。悪意が消えていく。波紋の様に広がっていく希望。そして、世界は再び息を吹き返す。世界は美しさを取り戻す。

 邪神を生み出した混沌の世界とは、異なる様相を呈していた。


 これは、決して奇跡ではない。地上で生きる者と神が力を合わせ、成し遂げた結果である。

  

「ははっ、やるじゃねぇか。期待以上だな」

「そうだね、お兄ちゃん」


 冬也は感嘆の声を漏らし、ペスカは頷いた。ペスカと冬也が、アルキエルとの決着をつけて再び戻った時、世界の有り様は一変していた。清浄化など安直な言葉では、語れない美しさがそこにはあった。


「ちっと眩し過ぎだがな」


 アルキエルは目を細める様にし、世界を見渡した。そして、かつての親友を思い出し、感慨に耽る。


「こういう強さもあるんだな」


 ぽつりと、アルキエルの口から零れた言葉。恐らくそれが、全てを物語っていたのだろう。


 親友がどれだけ求めても、叶わなかった世界が実現している。眩くも儚い、手を伸ばせば消えてしまいそうな輝き。一瞬で過ぎ去ってしまいそうな瞬き。

 それでも、しっかりとそこに有る。与えられたからではない、勝ち取ったからこそ、途切れる事無く光り続ける。


 だからこそ、アルキエルには眩しく映った。

 

「捨てたもんじゃねぇだろ? なぁアルキエル」

「確かにな。これは嫌いじゃねぇ。あぁ、嫌いじゃねぇよ冬也」

「アルキエル。こんな美しさは、守ってあげたくなるでしょ?」

「そうだなペスカ。壊しちまうのは、勿体ねぇな」


 目を細めながら、アルキエルは兄妹に答える。


「あんたが気が付かなかっただけで、元々世界は美しかったんだよ」


 優しく語り掛けるペスカの声に、アルキエルは目を見開く。アルキエルの瞳には、世界の広がりが映る。


「そうかもしれねぇな。いや、てめぇの言う通りだ、ペスカ。俺達は何で気が付かなかったんだろうな。何で信じてやれなかったんだろうな。世界はこんなにも美しいのにな。神も人も亜人も魔獣も、てめぇで勝手に隔てねぇで力を合わせりゃ、簡単な事だったんだな」


 アルキエルの眼差しは、とても穏やかだった。戦いに明け暮れ、死の危険に酔いしれ、神々の半数以上を消滅させた、かつてのアルキエルとは明らかに異なっていた。

 

 世界が美しさを取り戻すと共に、アルドメラクの力は弱まっていた。強大な存在感は影を潜め、脅威を失っていた。

 そして、アルドメラクは逃げる様に姿を消した。ロイスマリアは、アルドメラクが存在するには、苦しい世界になっていた。

 

「さて、ペスカ。そろそろ終わりにしようぜ」

「お兄ちゃん。そう言っても、アルドメラクの居場所、わかるの?」

「いや、わかんねぇ。何だか、やたらと弱っちくなってるしな」


 意気込みも虚しく、冬也にはアルドメラクの居場所を把握出来ない。それはペスカも同様であった。顔を突き合わせ困った表情をする兄妹に、アルキエルは溜息をついた。


「けっ、使えねぇ主だなぁ、冬也よぉ」

「そう言うお前は、わかんのか?」

「ったりめぇだ、糞ボケ! 俺を誰だと思ってやがんだ!」

「戦闘狂だろ? ただの」

「あぁ? 言うじゃねぇか冬也ぁ! てめぇ、さっきの決着はまだついてねぇんだぞ! 糞雑魚より先に、てめぇを伸しても良いんだぞ!」


 口角泡を飛ばし、冬也に突っかかるアルキエル。売り言葉に買い言葉である、だが身内で争っている場合では無い。

 

「言い過ぎた。悪かったよアルキエル。頼むから、糞野郎の居場所を探してくれ」

「けっ。最初っから素直に言えば良いんだ、馬鹿野郎」


 折れる冬也に対し、アルキエルは悪びれる事も無い。そして、アルキエルは神気を高めた。世界を超えてその果てにまで、アルドメラクの居場所を探っていく。


 実の所、ペスカと冬也はアルドメラクと対峙していない。一方アルキエルは、一度だけ神の世界でアルドメラクと対峙している。その為、アルキエルの方が、アルドメラクの居場所を探り易かった。

 程なくして、アルキエルが呟く。


「糞雑魚が隠れてる場所が、わかったぜ」


 アルキエルの指し示した場所を頼りに、一同は転移する。そして、最後の戦いが始まる。全ての決着をつける為に。

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