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第三百九話 エルフの鎮圧

 もし、ドワーフ達がそのままエルフ達と交戦していたら、少しはアルドメラクの目論見に沿う状況になっただろう。しかしミューモの指示により、ドワーフ達はモンスター退治に向かった。

 この時点で現状は、地上を混乱に陥れるというアルドメラクの目的から、遠ざかりつつあった。


 そしてエルフの暴走する力は、行き場を無くして大地を破壊するに留まる。しかし、晴れる事の無い憎しみは渦を巻き、エルフの暴走を加速させる。禁じられた魔法を次々と使用し、大陸の一部を破壊して自滅を繰り返す。


 ミューモがエルフ達の下へ到着したのは、洗脳が行われてから数刻も経っていない。しかしエルフ達は、その数を半数以下にまで減らしていた。


 女神が課した制約は、エルフ達に重く圧し掛かる。倒れ行くエルフ達は、輪廻の輪から外され、二度と戻る事は無い。それにも関わらずエルフ達は暴走を続けた。


 もし、女神の制約に異を唱える事が出来る者がいるとすれば、死と生を司る女神セリュシュオネだけであろう。しかしセリュシオネは、女神の制約に一も二もなく賛同した。

 

「ラアルフィーネ。何故あんなのを作りだしたのです? 短命ならまだしも、奴らは長命です。神の命に従うエンシェントドラゴンとは違う。奴らは世界に害悪しか齎さない」


 これは、かつてセリュシオネが放った言葉である。セリュシオネは、エルフ達の存在に懐疑的であった。そして現在の状況を見て、セリュシオネは言ったに違いない。


「だから言ったんですよ。あんな種族は、このまま滅びてしまえば良いんです」


 己の優位を疑わず、最上位の存在であると盲目的に信じていたエルフ達。制約は、慕っていた女神からの、手痛い裏切りにしか映らなかったのだろうか。


 洗脳され力を暴走させ、自身を滅ぼしていく凄惨な状況が続く。邪神の洗脳から解き放たれるのは、死を迎える瞬間であろう。

 そしてエルフ達は、死の間際に何を思ったのだろう。後悔する時間は、二度と訪れないのに。

 

 憎しみが周囲を包む。そして、エルフ達には救いが無かった。

 

 ただ、邪神に体を乗っ取られた経験が有るミューモだけは、エルフ達をこのまま見捨てる事が出来なかった。

 冬也の眷属になったばかりのミューモは、主と同じ事が出来るとは考えてもいない、だが放置する事は出来ない。


 エルフ達を救いたい。ミューモにそう思わせたのは、主である冬也の命が有ったからだけではない。ミューモは、エルフ達にかつての自分を重ねていた。


 邪神に乗っ取られたミューモは、冬也の神気により解放された。エルフ達が、このまま救いも無く滅びてしまうのは、あまりにも酷である。

 ミューモは、かつて冬也に救われた己の命と同様に、エルフ達も救いたいと渇望していた。


 長命種として生を受け高い知能を持つ彼らと、エンシェントドラゴンにどれだけの差が有るのだろう。

 エンシェントドラゴンは、神から命じられるままに多くの種族を滅ぼして来た。エルフ達は、己の独断で多種族を滅ぼして来た。それは、神の命が有ったか否かの違いではないのか。

 確かに強すぎる力は、エルフ達を独善的にしたのだろう。償いきれない過ちを犯したのは事実である。

 一方では許され、もう一方では非難される。そして正す機会も与えられず、ただ一方は滅びを待つのみ。


 それなら、エンシェントドラゴンにも同様の制裁が有って然るべきだ。


 利己的な神の采配が、全てを狂わせたのではないのか。 エルフ達にも、汚名を雪ぐ機会を与えてやれないのだろうか。エルフ達にも、己を正す機会を与えてやれないのだろうか。


 このまま滅びるのは、理不尽が過ぎる。


 スールを始めノーヴェとミューモは、主である冬也によって救われた。過ちを正す機会を与えられた。

 冬也に叱咤され、その度に己の弱さを恥じ、精進を続けた。それを苦痛とは、些かも思わなかった。

 

 もし、どの神もエルフ達を見放すなら。いや、冬也様とペスカ様は、決してそれを許すまい。

 ならば、俺が彼らを救おう。かつて救われたこの命を同様に。彼らもまた、救われなければならない命である。


 ミューモは、考えを巡らせながらエルフ達を見渡す。

 多くのエルフは、苦痛に顔を歪ませて倒れる。若しくは、怒りに満ちた表情で意識を失う。しかし僅かながら、涙を流しならがら女神の名を口にし、最後を遂げる者もいた。


 救いを求めたのか、後悔をしたのか、涙を流して逝った者の心中は推し量れない。

 しかし、全てが歪みきっている訳では無い。ミューモは、倒れ行くエルフ達を見て確信した。


 ミューモは、ゆっくりと目を閉じる。そして冬也との繋がりを確かめる。


「冬也様、お力をお借りします」


 再び目を開いたミューモは、静かにブレスを吐いた。ミューモが意識したのは、雄々しくも優しく包み込む、冬也の様な存在。神気の混じった光り輝くブレスに乗せて、ミューモは柔らかく語り掛けた。


「怒りに流されるな、憎しみに呑まれるな。それはお前達を滅ぼす。目を覚ませ。長い時を経て、お前達は何を学んだ? 何を得た? お前達は何を目指し、何の為に生きた? 己を律し、他を律して来たのは何の為だったのか? 目を覚ませ、そして思い出せ。本来の有るべき姿を」


 ミューモは、語り聞かせる様に言葉を続けた。そして願った。本当の意味で、エルフ達が目を覚ます事を。


 誕生した瞬間からエルフ達は、傲慢だった訳ではない。女神ラアルフィーネを崇め、誰よりも近くに在りたいと願った彼らは、己に厳しかった。そして、多種族へも同様の事を求めた。


 それは、容易に受け入れられる事は無く、種族間の諍いは収まらなかった。

 潔癖であるエルフ達は、種族間の抗争を許せなかった。優和を旨とした、女神の意思に反する種族達を許せなかった。そして永い時を経て、エルフ達は歪んでいった。


 エルフを暴走させる邪気を、浄化するのは難しい事ではない。邪神の洗脳からも、解放してやれる。しかし、時間をかけて己を歪ませたエルフ達を、正す事など不可能に近い。


 エルフ達は、邪神の意思に抗えなかった。それは、エルフの弱さであろう。自らの弱さや過ちを認め、真の意味で目覚めなければエルフ達に明日はない。


 だからミューモは語り続けた。


 これ以上、死を増やしてはならない。これ以上、悲しみを増やしてはならない。

 憎しみの連鎖は止めなければならない。怒りを制する強さを持たねばならない。

 己を律し、他者には寛容たれ。許し、許され、世界は回る。認め合い、世界は存続する。


「俺は何度も間違えて来た。何度も何度もだ。罪なき命を奪ってきた。例え神の命であろうとも、許されてはいけない。己の尺度で他者を量ってはいけない。そんな権利は誰も持ってはいない。神であってもだ。お前達は、間違え続けた。だから償え。俺と共に生きて償え」


 ミューモはブレスを吐き続けた。ミューモのブレスは、エルフ達のマナを一時的に不活性状態にする。それでも、エルフ達の暴走は収まらない。

 マナが使えなくなるとエルフ達は、自らの体を掻き毟る様に傷付け始める。それでもミューモは諦めなかった。何度も、何度も、エルフ達に呼びかけ続けた。

 

「己の弱さを知れ。お前達は、ただ他者を傷付けるだけの弱者だ。弱者は他者を恐れて傷付ける。強者は簡単に他者を傷付けない。恐れるな、己の弱さに負けるな。強くあれエルフ達よ!」

 

 エルフ達の暴走は続いた。しかし当初とは、状況が変化し始めた。

 怒りで醜くく表情を歪める者が、少なくなっていた。多くのエルフ達が、涙を流しながら体を掻き毟る。そして口々に女神の名を呟く。


「ラアルフィーネ様……。申し訳ありません」

 

 漠然とかもしれない。エルフ達は過ちに気付き始めたのだろう。倒れる仲間達、止められない自傷行為。エルフ達は、次第に現実を受け止めていったのだろう。そして、ミューモは確かな手応えを感じ、精一杯の神気を籠めてブレスを放つ。

 

「生きろ! 俺と共に生きろぉ!」


 ミューモは声を荒げた。その声は暴走したエルフ達の耳にしっかりと届く。滂沱の涙を流し、エルフ達は動きを止めた。エルフ達は次々に膝を突き、涙を流し続けた。


 二度と蘇る事の無い命。横たわる無数の死体を前に、エルフ達は涙を止める事が出来なかった。尽きる事の無い悔恨の念は、エルフ達を苦しめた。


 そして澄んだ風が吹く。それは、洗脳からの解放を告げるかの様だった。


「終わりではない、始まりだ。お前達はこれから新たな生を始めるのだ。その涙が悔いを示すなら、俺と共に立ち上がれ」


 穏やかに語り掛けるミューモの言葉に、エルフ達は顔を上げる。多くの命を犠牲にし、エルフ達は新たな道を歩み始めた。


 この後、エルフ達はミューモの右腕として、アンドロケイン大陸の復興に力を尽くす。

 あらゆる種族が、愛を持って手を取り合う。女神ラアルフィーネが望んだ光景が、創られ様としていた。

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