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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第十章 終わりと再生

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第三百四話 アルキエルの解放

 冬也に敗北してから、アルキエルは自問自答を続けていた。当初こそ、激しく揺らいでいたが、徐々に心は凪いでいった。


 激情に身を任せ、打ち倒す事のみに愉悦を覚えていたアルキエル。初めての敗北からは特に、生死を賭けた緊張感にのみ執着をした。しかし二度目の敗北は、アルキエルに変化を与えた。


 神気は言うまでもない。力、技、速さ、どれをとっても自分が勝っている。負ける要素は一つたりとも無い。


 なのに何故、自分は負けた?


 片腕を失っていたからか? 違うはずだ。例え両腕で戦っていても、冬也には相手にされていなかっただろう。


 そうだ、冬也は俺を相手にしていなかった。あれだけの殺気を見せたのにも関わらずだ。何故、冬也は俺の殺気を簡単に流す。わからない……。


 一度目の勝負には油断が有った。そして負けた。それに神気を抑えていた。全力では無かった。いや、それは言い訳か……。条件は奴も同じだろうからな。

 二度目の勝負は、俺の得意な剣で戦った。そして勝った。三度目の勝負は奴の得意な拳で戦った。そして敗北した。

 二度目と三度目の違いは、武器の差だ。しかし、三度目の時に剣で戦ったとしても、俺は負けていた。そんな気がする。一体なぜだ! わからない……。


 存在を賭けて尚、俺は冬也に届かない。いや、一度は勝利したのだ。圧倒的な差で、冬也を下したのだ。

 ならば何故、二度も奴に敗北した。わからない……。


 問いかけても、答えは出ない。しかし、気が付かない間に、アルキエルは集中し始めていた。余計な雑念が消えていた。無駄な怒りが消えていた。いつしかアルキエルの中には、自分と冬也しか居なくなっていた。


 先の戦いにおける手順を思い出し、新たな応手を想像する。何千何万の戦い方を、シュミレートし続ける。原因と結果を探り続け、あらゆる可能性を模索する。アルキエルは思考に浸る。それは既に瞑想の領域であった。


 過去の工程を辿り、新たな道を探る。思考を重ねる度に、アルキエルの凝り固まった頭は、柔軟になっていく。それでも出ない答え。しかし、自然と苛立ちは無かった。


 アルキエルは、その事に自覚すらしていない。何故なら、没頭していたから。もし、今のアルキエルを苛立たせる事が出来るとしたら、予期せぬ侵入者の存在であろう。


 神の世界からは、地上が全て見渡す事が可能である。何が起きているのか、神気を使えばある程度の察知が出来る。余程、神の目を避けない限りは。

 

 アルキエルは思考に没頭する余り、地上で起きている事象を見逃した。そして、不意に封じられた神の世界がこじ開けられる。

 異様な気配であった。大きすぎる力、それは澱みが集まった塊。力の有り様を感じ、アルキエルは瞬時に悟った。

 

 新たに邪神が生まれた! あれは、地上の生物に害を成す! 世界を滅ぼす! 始末せねば!


 しかしアルキエルは、直ぐに己の矛盾に気が付く。


 何故、自分が地上の生物を心配しているのだ。下等な生き物に、何の思い入れが有る? 戦えればそれで良いのでは無かったのか? それとも冬也の様な存在が、地上の生物の中に現れると、期待でもしていたか?

 確かに以前、自分に傷を付けた人間が居た。眩い光を纏う、珍しい人間だった。だが、それだけだ。それだけのはずなんだ!


 再びアルキエルの中に、葛藤が芽生える。しかし、アルキエルは直ぐに、自己の矛盾を頭の隅に追いやった。

 そして侵入者は、アルキエルの瞑想を邪魔するかの様に、不作法に神の世界へ足を踏み入れる。禍々しい邪気が、神の世界に流れ込む。アルキエルは、思考を一旦停止し、神の世界に神気を流し込んだ。


 警告を発しても、邪神は歩みを止めない。関わりたくない。今は冬也との再戦を考えていたい。どう戦えば勝てるのか、それだけに集中したい。

 あんな異様な力を持った邪神と、万が一にも戦いになれば、俺は無事では済まない。それでは、冬也と戦えない。

 

 入って来るな! 俺の世界に入って来るな! 帰れ!

 これ以上、足を踏み入れるなら、消滅させてやる!

  

 そして、アルキエルは二度目の警告を発した。そこには、アルキエルの強い意志が籠っていた。


 不思議だった。桁違いの力を持つ相手に対して放った言葉が、その相手を怯ませた。

 不思議だった。もしかすると、これが覚悟なのか。もしかすると、これが冬也との差なのか。

 

 それは天啓の様な閃きであった。


 意思の強さが、どんな困難も跳ね除けるなら。もし、それが冬也の強さなら。俺も試してみたい。アルキエルに、笑みが浮かんでいた。


 アルキエルは神気を更に流し、神の世界を自在に操る。来れるものなら来てみろ。邪神を挑発したのは、単なる挑戦だった。

 自分の所まで辿り着くなら、戦うしかあるまい。その時は、全力を持って相手をしよう。そして必ず奴を消滅させる。

 

「俺は誰の物でもねぇ。俺の存在意義は俺が決める!」


 無意識にアルキエルの口から、言葉が漏れる。意味が有ったのか、自分でもよくわからない。

 だが、どうでも良い。今は、奴を絶対に近寄らせない、それだけだ。もし、それが出来たなら、冬也と互角に戦えるかもしれない。

 

 アルキエルは、強く念じて神気を流す。生まれてから自然と使っていた力、ただ漠然と振るっていた力に意思を籠める。

 時間が流れる。邪神が自分に近づいて来る気配は、微塵も感じない。歩み進めているのは確かである。しかし、迷路に嵌った様に、邪神の位置はほとんど動いてなかった。

 

 邪神の激しい苛立ちを感じる。邪神が苛立つ程、自分の術中に嵌っていく。

 

「出来るじゃねぇか! 俺にも出来るぜ冬也ぁ! 待ってろよ! もっと力の使い方を磨いて、次こそ殺してやるぜ!」


 アルキエルは大声で叫び、神の世界から姿を消した。神の世界から出るなど訳が無い、その言葉通りに。ただ、己が持つ矛盾の正体を理解しないままで。


 一方、アルドメラクは困惑していた。


 進めども、一向に中心部へ近づけない。苛立ちが募り、神の世界を破壊してでも中心部へ近づこうと試みる。

 しかし破壊どころか、傷一つ付ける事が出来ない。歩みを進めても、元の場所に戻される。一方通行の道にも関わらず。

 

 何が起きているのか理解が出来ない。力はアルキエルより強いはず、ならば通れない道理が無い。

 迷いに迷った挙句、気が付いた時にはアルキエルの存在を、神の世界から感じられなくなっていた。


「うぁああああ! くっそがぁああ! どいつもこいつも、馬鹿にしているのか! 我は至高の存在! 全てを超越する存在だぞ!」


 英雄を倒す為の策が、その手から零れ落ちる。屈辱の上に屈辱を塗り重ねられ、アルドメラクは激しく怒り咆哮した。既に、アルキエルの神気を辿る事も出来ず、アルドメラクはただ打ち震えていた。


 数刻が過ぎても、アルドメラクの怒りは収まらない。だが、何も無い神の世界で、ただ茫然としても意味がない。

 何の気なしに、アルドメラクは神の世界を出る。怒りで頭が働かず、次の策など考える余裕も無い。

 しかし、再び地上に降りたアルドメラクは、思わぬ事態の好転に気が付く。


「はは、はははは! そうか! 奴らが居たのか! そうか、そうか! 我の洗脳は利いていたではないか! 愚かな英雄よ! ははははは! 全く愚かだな!」


 アルドメラクが目にしたのは、女神ラアルフィーネの命に背いて進軍するエルフの姿。その瞳には、再び狂気が宿る。

  

「さて、やっと終わりが始まるか。楽しみにしていろ、英雄よ!」


 アルドメラクは、地上の光景を見て、高笑いを続けていた。

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