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第三百一話 狂気の終焉

 ケンタウロスとハーピーが戦う事になったのは、ライカンスロープの暴走に起因する。ただ、反撃と称しライカンスロープを滅亡に追い込んだのは、過剰防衛としか言えまい。

 一つの種族を滅ぼして尚、怒りを抑えられずに矛先を多種族に向けたのは、狂気の沙汰と言えよう。


 本国からの補給は届くはずも無く、兵士達の食糧は言わずもがな、転がるライカンスロープの死骸。多種族を食らい、それでも戦い続けたのは狂気故であろう。


 キャットピープルの国での戦いは、ドッグピープルと魚人がミノタウロスの国に向かい北上した事により勃発した。

 自国の民を救う為の行動が、三つ巴の戦争へと繋がった。女神の神託を無視しても及んだ戦いだ、互いに引ける訳がない。

 引き時が無い戦いは、泥沼化するばかりで、殺し合い、奪い合い、荒んでいく。やがて戦う理由も忘れ、狂気に飲まれて殺す事が目的に変わる。


 彼らの行動は心の弱さだと、誰が簡単に言えよう。大地が見る間に枯れ、川は干上がる。当然作物は取れなくなり、飢えが広がる。それでも生き長らえたのは、ミノタウロスの国から僅かばかりの配給が有ったから。


 しかし、同胞達の多くがやつれ、病に倒れていく。その中で、種族の消滅が脳裏に過るのは、仕方が有るまい。同胞を、家族を守りたい。根底に、そんな想いがあったのは間違いない。

 

 しかし、エルフだけは状況が異なる。


 生命の危機に瀕し、常軌を逸した行動を取った訳ではない。彼らは理性を持って、多種族を淘汰した。


 大陸の全種族を救う為の食糧は、大半がエルフの下へと渡った。飢える事無い彼らは、多種族に手を差し伸べる事も無かった。

 自らが生き残る事だけが必定とでも言わんばかりに、増長したエルフ達。例えその知恵を持って、技術の進歩に寄与してきたと言え、彼らの罪は酌量の余地など有りはしまい。


 アンドロケイン大陸の歴史は、戦争の歴史でもある。多くの亜人が淘汰され、現在の国に落ち着いた。それでも、小競り合いは無くならない。


 ライカンスロープ達は、侵略者とされて来た。


 そもそも、オオカミが獲物を狙うのは、当然の事ではないのか。それに理性を求める事は、可能だったのか。

 その性質を知って尚、ライカンスロープの集団を国として認めた。ならば同時に、対策も立てるべきではなかったのか。


 ましてやエルフの増長は、目に余るものが有る。自分達だけが生き残ればいい。そんな考えが、通用していいはずがない。エルフ達が食料を独占する事が無ければ、飢餓に陥る者を救えたかもしれない。


 心身を削って作った食料の多くが、ただ傲慢な管理者達に渡っていた事を知れば、ミノタウロス達は気落ちしただろう。


 この現状は、数々の蛮行を見逃し、罰を与えなかった神々にも罪が有る。それ故ペスカと冬也は、女神ラアルフィーネにエルフ達の断罪をさせる事にした。


 責任を取って裁き、その悔恨を持って後の礎とせよ。


 ラアルフィーネとて、神々を筆頭する大地母神の一柱である。その意図がわからないはずも無い。しかし、誰もが納得する裁決を下すのは、困難だと感じていた。

 

 ミューモが、エルフ達を生かして捉えるだけに留めたのは、ペスカと冬也の意思を汲んだのだろう。

 死は決して罰にはならない。現状の世界では、生きて抗う事を命じた方が、死よりもよっぽど重いだろう。

 ならばどうする。ラアルフィーネは、逡巡していた。答えを出せずに、ただエルフ達を俯瞰していた。


 幾千、幾万の時を経て、何度も選択を間違えて来た。これ以上は間違えたくない。神は万能ではない。ただ大きな力を持っただけの、世界の枠組みに縛られた存在だ。だが、それは言い訳だろう。選択を間違えた時の、体の良い言い訳なのだ。


 救われた命だからこそ、他者を救うべき。それは、地上に生きる者達だけが行うのではない。神とて同様だ。自分はペスカ達に救われた。だから、今度こそ地上に生きる者達を救おう。

 

 ゆっくりと咀嚼をする様に、ラアルフィーネは考えを巡らせる。何が正しくて、何が間違いなのか。今、どんな選択をすべきなのか。例えどんな選択をしても、その責任を取らねばならない。

 それは神としての使命に他ならない。力を持つ者として、果たさねばならない義務なのだから。


「ラアルフィーネ様、答えは決まった?」


 催促する様にペスカが問いかける。答えは出ない。正しい答えはわからない。


「あんまり時間が無いんだよ。わかってると思うけど」


 そんな事は理解している。だから、もう少しだけ時間が欲しい。ラアルフィーネは、心の中で訴えた。だがペスカは、それを許さない。

  

「迷ったからって、良い答えはでないよ。そうでしょ? 正義や悪が立場によって変わる様に、判断した事も状況によって善し悪しが決まる。求められるのは基準だよ」


 言われるまでも無い。今更、そんな事を教わらなければならない程、愚かではない。いや、答えを出せない自分は、愚かなのであろう。ラアルフィーネの表情は、益々強張っていった。


 ラアルフィーネは困惑する。しかしペスカは、ラアルフィーネを更に追い詰めていく。

 

「裁判は公正であるべきだからね。さて、被告人側にも弁論の機会を与えないとね」


 ペスカは神気を漲らせて、魔法を放つ。ペスカの魔法で、数万のエルフが一気に目を覚ます。目覚めたエルフ達は、拘束されている事実に、次々と不満を口にし始めた。

 

「何故、我らが拘束されねばならない」

「我らの正義を阻む者に、神の鉄槌を!」

「我らは、神聖にして侵されざる世界の管理者、我らを拘束するなど神に仇なすも同様、恥を知るがいい!」

「無知蒙昧な者共よ、罪の深さを知れ!」

「我らの力は神より与えられし神聖な物、即ち我らは神の代行者、我らの言葉は神の言葉と心得よ!」


 どれほど増長すれば、ここまで傲慢な思考が出来るのか。長い年月を経て捻じ曲がったとて、どうしてそこまで凝り固まる。ペスカと冬也は、呆れて言葉が出なかった。


 眼前に居る相手が神であると言うのに、気が付きもせず不平をぶつける。臆面もなく正義を語る姿は、滑稽としか思えない。どれだけ愚かなのだろうか。


 彼らに世界の管理を任せた事は、一度としてない。神の意思を曲解した上に代行者とは、どうすればそんな言葉が出るのだろうか。

 ましてや、彼らの目つきは正常とは思えない。あれは狂気そのもの。ここまでの歪みを、自分は放置していたのか。


 ラアルフィーネは、意識を失いかける程の衝撃を覚えた。


 次々と上がる怒声は、耳障りにしか感じない。聞くに堪えない喚き声をかき消そうと、ペスカはため息交じりに口を開く。


「ラアルフィーネ様。被告人はとんでもない事を言ってますけどって、はぁ。もう終わりにしようよ」

「下らねぇ裁判ごっこは終わりだ! ラアルフィーさん、早くこいつ等を黙らせろ!」


 至極もっともなペスカと冬也の言葉に、ラアルフィーネは頷いた。そして神気を解き放つ。周囲は、女神の神気に包まれていった。しかし、それでも止まない怒声にラアルフィーネは声を荒げた。


「黙りなさい! 私を前にして、よくそこまで有りもしない事を口に出来たわね!」


 ラアルフィーネの神意は、騒然としていた周囲を静謐な空間に変える。

 

「いつ私があなた達に、世界を管理して欲しいと頼んだの? 答えてみなさい!」


 ラアルフィーネの言葉に、エルフ達がざわつき始める。そしてエルフ達は、次第に気が付いて行った。目の間に居るのは、自分達が崇める女神ではないかと。

 それは、最後の希望が断たれた瞬間でもあった。


「我らが、神の代行なのは自明の理。その為の力です女神様、違いますか? それを扱い愚者を管理する事に、何が間違が有ると言うのです! 我らこそが真理! 我らこそが」 

「もう黙れ!」


 ラアルフィーネは、自分達の正当性を疑いもしないエルフ達を怒鳴りつけた。


「大地母神の名において命じます。あなた達には、マナの使用と魔法知識の流用を禁じます。これに背いた者は、その命で報いなさい! それと、あなた達を輪廻の輪から外します。死した後は、再び生を得る事は叶いません」


 ラアルフィーネの神気が輝き、エルフ達を染めていく。


 エルフ達は、ただ茫然として受け入れられずにいた。しかし、一部のエルフが暴走する。そして、マナを使用した瞬間に息絶える。

 それは心ならずも、女神の罰が事実である事の証明となる。エルフ達は項垂れる。こうして、アンドロケイン大陸の混乱は、一旦の沈静を迎える。

 

 神と大地に生きる者が、新たな道を探り歩み始める。ただ、世界に満ちた悪意が、全て消え去った訳ではない。

 ペスカと冬也、そして仲間達が抗い、阻もうとした最悪の事態は、静かに進行していた。

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