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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第九章 大陸東部の悪夢

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第二百七十四話 大陸東部の悪夢 中編

 誰かが死なないと、異空間からは脱出が出来ない。それは、内部からの干渉を受け付けないだけには留まらず、外部の干渉を受けない事を意味していた。


 山の神ベオログ、風の女神ゼフィロス、水の女神カーラ、女神セリュシオネの眷属クロノス。この四柱は、懸命にペスカ達の居場所を探していた。

 邪神の気配を追っても、グロア大火山付近でぱたりと途切れており、それ以上探る事は出来ない。当初は連絡が繋がる様に、参加していた念話も、大規模浄化魔法の失敗以来、ペスカ達とは繋がっていない。

 

 大陸東部の浄化が済んでおり、モンスターの流出も行われていない様子である。邪神が弱体化しているのは間違いない。

 例え火の神の神格を持っていたとしても、弱体化した邪神に異空間の作成が可能なのだろうか。それも、原初の神が三柱も居て、探す事が難しい程の異空間を。


 尽きる事のない疑問は不安を呼ぶ。しかし、今は出来る事をするしかない。邪神とペスカ達の失踪は、間違いなく同一の事案なのだから。


 スールやブルとの繋がりを手掛かりに、神気を辿っても異空間の捜索は容易ではない。

 細い糸を手繰る様に、ゆっくりと探っていく。探れば探る程に、不可解にも思える。何故、邪神の気配を感じないのだろう。いったい何が起きているのだろう。

 四柱は慎重に、スールやブルと冬也の繋がりを伝う。暫く探り、ようやく何かに遮られる違和感を感じた。


「ベオログ、ここだよ間違いないね」

「その様じゃな。しかし、これは邪神が作った異空間ではあるまい」

「何が起きてるのかな~?」

「お三方。この空間に侵入する事は可能ですか?」

「無理だね。この空間はそこいらの三下が作れるもんじゃないよ」

「しかし、ゼフィロス。反フィアーナ派の手口とも違う気がするぞ」

「私は、この神気に覚えがある~。でも、誰だっけ?」

「思い出しなカーラ。誰の仕業なんだい!」

「わかんないよ~! とりあえず、ミュール様に報告が先だと思うな。クロノス君もセリュシオネに報告した方が良いよ~」


 閉ざされた空間の場所は把握が出来た。しかし、侵入方法は原初の神でもわからない。何か特殊な方法で作成された、異空間としか把握できなかった。

 取り急ぎミュールやセリュシオネに、状況を報告しようとした矢先の事だった。突然、スールとブルが叫ぶ。


「主!」

「冬也!」


 神々は一斉にスールとブルを見やる。スールとブルには、緊迫感が浮かんでいた。特にいつも穏やかな表情を浮かべていたブルからは、想像出来ない程に強張った表情をしていた。


「お主ら、どうしたんじゃ?」

「山の神。今、主との繋がりが途絶えました」

「そうなんだな。冬也の存在を感じないんだな」


 その言葉を聞いて、風の女神が声を荒げる。


「おい、カーラ! 早くミュールに連絡しな! クロノス! あんたはセリュシオネを呼ぶんだよ! 文句を言う様なら、世界の危機とでも言ってやりな!」


 水の女神とクロノスは、軽く頷くと直ぐに女神ミュールや、女神セリュシュオネに連絡を取る。一体何が起きているのか。嫌な予感だけが、彼らの中に残された。 


 ☆ ☆ ☆

 

「さて、小娘ぇ。てめぇには興味がねぇが、特別に相手してやる。その方が冬也のやる気が出そうだしな!」


 アルキエルはペスカに視線を移すと、肩に担いでいた大剣をドンっと床に下ろす。白く塗りつぶされた様な空間内の床上で、大剣をズルズルと引きずりながら、アルキエルはペスカとの距離をゆっくりと縮める。

 

 力を抜いた様な仕草に見えても、気を緩めてはいけない。いつでも、間合いは詰められる。それは、アルキエルの表情に現れていた。


 アルキエルは、不敵な笑みを浮かべる。対して冬也は、これ以上も無い程に警戒を露わにし、声を荒げた。

 

「これ以上、ペスカに近づくんじゃねぇよアルキエル!」

「なんだ? ビビったか? そんなんじゃねぇよな冬也ぁ!」

「ったりめぇだろが! ペスカに近づいたら、ぶっ飛ばすって言ってんだよ!」

「ぶっ殺すの間違いだろ! ちゃんと言い直せよ!」


 アルキエルが間合いを詰めようと、大剣を持つ手に力を籠めた瞬間、冬也は神剣を振るった。冬也の神剣から放たれたのは虹色の光。それは、冬也の神気をそのまま飛ばした光刃とは、明らかに異なる。まるで電磁加速砲で放たれた光線の様な形状をしていた。

 

 冬也は理解していた。


 ペスカの集中を乱す程に、神気の奔流が渦巻いている。それはアルキエルと自分の神気が、ぶつかり合った結果である。

 ペスカを持ってしても、耐える事で精一杯。しかし、自分には影響がない。それならば、自分とペスカの神気を同調させれば、ペスカは余計な影響を受ける事が少なくなるはず。


 冬也とて、のうのうとアルキエルと会話していた訳ではない。ペスカが呪文を唱えている間に、しっかりとペスカとの同調を図っていた。スールやブルに神気を渡していた為に慣れていた、冬也の高等技術である。

 そしてペスカとの同調により、神気の受け渡しが可能になる。それは思わぬ副作用を齎した。

 

 ペスカは直接魔法を放たずに、冬也の神剣を通じて魔法を発動させる。冬也はペスカの魔法を受け取り、神剣を強化する様に己の神気を重ねる。

 互いが特に意識せずとも通じた思考。その結果がエネルギー波として、放出された光線であった。


 二人の魔法が重なった虹色の光線が、アルキエルに向かう。しかしアルキエルは、口角を吊り上げて大剣を構え正面から受け止めた。

 二人の神気が重なった力である。強いエネルギーが、アルキエルの体を後方へと押していく。


 片手で大剣を構えていたアルキエルは、光線に押されて段々と余裕がなくなって来る。遂には、空いた片方の手で刃を支える様にし、両手で光線を受け止め始めた。


 二人の神気は、アルキエルの神気を凌駕し始める。やがてアルキエルは耐えられなくなり、後方へ吹き飛ばされる。その隙を冬也が見逃すはずがない。

 冬也は、神速でアルキエルとの距離を詰める。振るわれる神剣には、ペスカの神気も重なり更なる威力を増している。

 振り下ろされる冬也の神剣を、アルキエルは倒れながらも、渾身の力を籠めて大剣で受け止める。


 甲高い音を立てて神気の火花を散らし、神剣と大剣がぶつかる。それはペスカと冬也、二つの神気に対し、たった一柱の神気のぶつかり合いでもある。

 そして二人の神気が重なった神剣は、アルキエルの大剣にひびを入れる。それは、初めてアルキエルに対して、優勢になった瞬間であった。

 

 ペスカがサポートをし、冬也が前線で戦う。このコンビで、幾多の死線を潜り抜けてきた。負ける事など有り得ない。


 しかしその自信は、アルキエルの前に脆くも崩れ去る。


 決して、油断があった訳ではない。アルキエルは、大剣を折りながら冬也を弾き返す。押されながらも、アルキエルの力は健在であった。

 そしてアルキエルは、折れた大剣を振り回す。弾き返され態勢を崩した冬也は、大剣を避ける事が出来ない。


 振られた大剣は、冬也の体を切り裂く。本来ならば、体を真っ二つにされてもおかしくない。大剣が折れていた為、胴を斬られるだけに留まった。ただ、冬也の胴からは、膨大な血が噴き出す。

 

 好機が一転し、最大の危機が訪れる。


「お兄ちゃん!」

「させるかよ!」


 ペスカが冬也を守ろうと走り出す。しかし、アルキエルの方が一歩早い。激しく吹き出す血により、冬也の視界は遮られる。それは斬られた痛みよりも、命取りになった。


 アルキエルは、折れた大剣の刃先を片手で掴み、冬也に深く突き刺す。大剣の刃先は内臓を深く抉り、心臓へと到達する。その瞬間に、冬也の呼吸は完全に停止し意識が失われた。

 

「我が神気よ、我が命に答えよ。魂は神格へ、失った体は元のままに」


 治療を施しても手遅れだろう。しかし、ペスカは走りながら即興の呪文を唱える。それは、全てを元に戻す医療を超えた御業たるペスカの治療魔法。しかし治療魔法に集中しアルキエルから視線を外した事が、ペスカに危機を齎す。

 

 それは、ペスカの呪文が完成する直前だった。アルキエルは冬也の内臓を抉った大剣の刃先を引き抜くと、ペスカに向かい投げつける。そして投げられた刃先は、クルクルと回転しながらペスカに向かい、ペスカの胸を貫いた。


 そして、ペスカも冬也と同じく倒れ伏した。

 

「結構楽しかったぜ、冬也。これで一勝一敗だ。またやろうぜ」

 

 アルキエルが作り出した、異空間が消えていく。それは、一つの出来事を意味していた。


 投げ出される様に、ペスカと冬也の体が落ちていく。そこはグロア大火山付近、山の神を始めとした仲間達の集まる場所。

 そして仲間達の目の前に、ペスカと冬也の無残な姿が晒される。


 誰がこの結果を予想出来ただろう。誰もがショックを受け唖然とし、口を開くどころか、動く事さえも儘ならずにいた。


 やがてアルキエルが、空からゆっくりと降りてくる。それは、まるで勝利者が凱旋する様に、悠々と自身に満ち溢れた姿であった。

 

 残された仲間達の前には、アルキエルが悠然と立つ。こうして、大陸東部の悪夢が始まった。

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