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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第九章 大陸東部の悪夢

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第二百七十三話 大陸東部の悪夢 前編

 もしかすると、既に邪神は敗北していたのかもしれない。

 冬也から傷を付けられた時に。ペスカによって罠を逆手にとられた時に。神々によって浄化が行われ、自分の領域が狭くなった時に。本物の強者と対峙した時に。


 用意された器。与えられた力。仮初は剥がれ、悪意は消滅した。それは皆が望んだ瞬間だった。しかし、運命は残酷だった。


 ペスカが邪神を消滅させたのと時を同じくする様に、冬也とアルキエルの戦いは始まった。何度も交わる剣戟。神気がぶつかり合い、膨大な渦となって異空間を歪ませる。


 神の戦いとは、これ程にまで苛烈なのか。大陸を一つ滅ぼすのも不可思議ではない程の力の本流が、異空間の中に渦巻いていた。それはペスカをして、神気の本流に耐える事が、精一杯の状況でもあった。


 死を厭わないアルキエルの猛攻。なぜ、彼をそこまで戦いに駆り立てるのか。それは、彼が戦いの神だからに他ならない。


 もとより神は不滅である。例え神格が壊されようと、条件が満たされれば蘇る。アルキエルの場合は、大きな戦争である。


 蘇った神が、以前と全く同じとは限らない。


 人は環境により思考や性格が変わる。神とてそれは変わらない。人が前世を覚えていない様に、神とて消滅以前の記憶を持ち合わせていない。

 ただ一つ、神が人と異なるのは、神はそれぞれに役割がある。むしろ執着とも言える、その司る役割に縛られて、消滅以前と同じ道を辿る事は否めない。

 

 戦いの歴史は、アルキエルの根幹を成す。アルキエルは、多くの戦いを糧にし成長を続ける。

 戦いとは、アルキエルを存在させる証。善も悪も無い、ただ純然たる戦いの記憶。故にアルキエルは他の神とは異なり、消滅してなお記憶と経験を有し生まれ変わる。故にアルキエルの行動原理は、戦い以外にはない。


 以前、アルキエルは冬也との戦いで、痛みを知った。死の恐怖を知った。

 そして、ラフィスフィア大陸やドラグスメリア大陸で巻き起こった、大きな戦いの連続。それはアルキエルを、以前より遥かに強く成長させていた。

 冬也の神剣より遥かに巨大な大剣は、アルキエルの力そのものを具現化している様だった。

 

 圧倒的な格上の相手に、冬也はまさに命懸けだった。大きく振られるアルキエルの大剣は、空気を切り裂かんと冬也に迫る。まともにぶつかり合えば、冬也は力負けして吹き飛ばされる。それは、明らかな隙となり得る。

 神の一柱になったとは言え、冬也は人間の肉体を持つ。一瞬の隙が、人としての生を終わらせる事になる。


 そもそも、前回の戦いとて運が味方した勝利である。

 アルキエルには、冬也を格下と侮った為の油断が有った。地上に影響を及ぼさない様に、神気を抑えたままだったのだから。冬也は隙を突いただけ。決して力が勝ったからの勝利ではない。


 冬也は神剣を用いて、大剣を受け流す。神剣がぶつかる毎に、互いの神気が火花の様に飛び散る。冬也は持ち前の体捌きで、アルキエルの僅かな隙を狙う。

 しかしアルキエルは剛腕で、冬也の神剣を打ち払いながら、そのまま横薙ぎで切り裂こうと大剣を振り回す。


 攻防は続き、アルキエルは不敵な笑みを浮かべる。対して冬也の表情は、強張っていた。


 冬也は元々、剣はそれほど得意としていない。その冬也が剣を攻撃手段に選んだのは、単に『殺傷能力が素手より高い』と思ったから。


 幼少より鍛え上げられた体術は、達人と比較しても何ら遜色がない。既に原初の神と比較しても見劣りしない『強い神気』を持つ冬也である。力の使い方を覚え、ロイスマリアでの戦い方に慣れれば、体術の方がより高い戦闘能力を発揮するだろう。


 しかし、冬也は剣にこだわった。特にアルキエルとの戦いでは、剣で勝負をする必要があった。それは、今は亡き友の為に。


 そしてアルキエルは、冬也の意を汲み剣で応えた。

 

 また、冬也は単に剣を振り続けて来た訳ではない。もう永遠に手が届く事がない目標に、一歩でも近づこうと研鑽を重ねていた。そして冬也の拙い剣の腕は、己の体術と相まって技へと昇華していた。


 しかし磨かれた冬也の技でも、アルキエルは難敵であった。

 

 アルキエルは大剣を軽々と振り回す。その斬撃は、意図も容易く神速を超える。

 だが大振りの攻撃には、動作に隙が出来やすい。冬也は一瞬の隙を狙い、出端技を繰り出す。しかし、アルキエルは直感的に反応する。


 まるで狙っていたかのように、冬也の神剣を打ち落として、アルキエルは攻撃に転じる。冬也は大剣を避けつつも、アルキエルの死角に回り込み神剣で斬り上げる。

 対してアルキエルは、死角からの攻撃にも瞬時に体を捻り器用に返し技を放つ。

 

 目にも止まらぬ激しい攻防で、冬也の神剣は悲鳴を上げる。神剣は神気を形に変えたもの。故に神気が相手より勝れば、破壊は容易である。神気、技共に互角ではない。明らかにアルキエルに分がある勝負だった。


 負けて消滅しても、更に強くなり生まれ変わる。アルキエルにとって、相打ちは勝利、敗北すら勝利。故に、死の恐怖を微塵も感じない。だからこそ大胆かつ緻密に、また冷静に戦える。そして心底、戦いを楽しんでいた。


 対して冬也は、神格を持った唯の人間である。アルキエルの攻撃を喰らえば、死が待ち受けている。そこには、緊張と恐怖が内包しており、時として人の体を縛り付ける。


 死を恐れないのは狂人である。冬也は狂人でもなければ、戦闘狂でもない。誰もが普通に持つ『戦いの恐怖や死の恐怖』を乗り越えて、戦ってきただけである。 

 しかし、数多の戦いの中で鍛えられた強靭な精神力でも、決して拭えないものはある。


 戦いにおいて、心の有り様は大きな差を生む。押され気味の攻防は続き、冬也は僅かな隙を突いてアルキエルと距離を取る。それは、冬也が必死に作ったひと時であった。


「糞めんどくせぇ野郎だなてめぇは! これだけやりゃ満足だろ?」

「馬鹿言うんじゃねぇよ冬也ぁ~! 足りねぇ~よ! まだ足んねぇんだよ! もっと本気出せよ! もう一度、俺を殺せよ!」

「それがめんどくせぇって言ってんだよ! どうせてめぇをぶっ殺しても、また蘇ってくんだろうが! ゾンビがてめぇは!」

「冬也ぁ! この世には終わらねぇもんが有るんだよ! てめぇにはその体、小さすぎんだろ! 俺が壊してやるよ! そうすれば、そのちっぽけな体から解放されるぜ。永遠に殺し合おうぜ!」

「余計なお世話だ、糞野郎! 死にたきゃ勝手に野垂れ死ね!」


 アルキエルが停戦交渉に応じると、冬也は端から思っていない。そして冬也は、視界の端で邪神が消滅するのを捉えていた。

 何もこの異空間に居るのは、自分とアルキエルだけではない。少しの時間が稼げれば、ペスカが必ず事態を好転させると信じていた。


 言葉が無くても、通じるものは必ずある。冬也が懸命に作った時間を、見過ごすペスカではない。ペスカは、冬也がアルキエルと距離を取った瞬間に、呪文を唱え始めていた。

 冬也とアルキエルの激しい攻防の最中は、神気の奔流が異空間の中で渦を巻き、ペスカでさえ上手く神気を使えなかった。


 だが距離を取り、戦いが膠着している今なら出来る事がある。

 

 そもそもが、不死身の戦闘狂を相手に正々堂々と戦いをする事が間違っている。可能ならば、このまま異空間に閉じ込めてしまいたい。


 アルキエルが作り出した異空間を制御し、脱出する方法を模索する。そして、異空間に封印する手段をイメージし、魔術式を構築する。しかしアルキエルの執念は、ペスカの知恵さえ凌駕した。


「そこでチマチマ何やってるか知らねぇが、無駄だぜ小娘! この空間は俺達の誰かが死なねぇと、壊れねぇ様に制限をかけたんだぜ! 作った俺が言うのもなんだがよぉ、てめぇらのどっちかを殺さねぇと、俺ですらここから出れねぇんだ! わかったなら、諦めて戦えよ! なんなら同時に掛かって来るか? 俺は構わねぇぜ」


 鷹揚な様子で、アルキエルは言い放った。しかしその言葉は、ペスカの闘志に火をつける。

 

「あんたさぁ、ちょっと舐めすぎだよね」

「あんなド滓を倒したくらいで、調子に乗んじゃねぇよ小娘! 俺達の神気にあてられて、何も出来ねぇ奴が、偉そうにほざくんじゃねぇ! 兄貴を無事に助ける方法は、てめぇが自害するしかねぇんだよ!」

「違うよ、アルキエル。あんたは、ここでもう一度消滅するんだ! 遊びの時間は終わりだよ!」


 ペスカの言葉に、アルキエルはやや眉を吊り上げた。これは、ペスカと冬也の前に立ちふさがる最大の試練。終わりの見えない絶望が、二人を包み込もうとしていた。

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