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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第九章 大陸東部の悪夢

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第二百七十一話 浄化の果てに

 邪神の弱体は、大陸東部に影響を与えていた。


 これまで邪神の領域は、生きとし生ける者を全て呑み込もうとしていた地獄であった。しかし、濃密であった邪気は薄まっている。精神を侵食する様な悍ましさは、鳴りを潜める。足を踏み入れただけでも、悪意に取り込まれる地獄とは程遠い。


 あれだけ溢れていたモンスターですら、その数を減らしつつある。未だ瘴気が残るが、呼吸が出来ない程ではない。

 冬也の神気で守られたスールやブルならいざ知らず、ミューモやエレナが覚悟を決めて足を踏み入れるも然程の影響は無い。


 いつになく張り詰めた冬也の雰囲気から、皆が察していた。この先は、死者の世界であると。しかしエレナ達は、少し呆気に取られていた。


「なんだか拍子抜けニャ」

「油断するでないエレナ!」

「わかってるニャ! 心配しなくてもいいニャ!」

「そうは言ってもスール。もっと酷い状態を想像していたのだが、これは一体どういう事だ?」

「儂が前にペスカ様を送り届けた時は、呼吸する事さえ辛い状態だった。主の神気に守られていてもじゃ」

「冬也達が頑張ったおかげなんだな。おで達は、前に進めば良いんだな」

「そうだな。サイクロプスの言う通りだ」

「おではブルなんだな。ちゃんと名前で呼ばないと失礼なんだな」

「お前ら呑気過ぎニャ! まだ敵はいっぱいいるニャ! ちゃんと集中しろニャ!」


 大陸東部に足を踏み入れた三体と一人は、気を引き締める。しかし、これまでの過酷な戦いの中で成長した彼らが、弱体したモンスターに後れを取るはずがない。戦いは、既に一方的な蹂躙にも等しい状態になっている。


 スールのブレスは冴える。ブルの剛腕が唸る。ミューモの突進は凄まじく、エレナのスピードに乗った攻撃が激しさを増した。

 次々と消えていくモンスター。猛烈な勢いで進むスール達。大陸深部までは、もう目の前であった。


 一方、邪神包囲網を固める神々にも、変化は起こっていた。悪意の弱まりと共に、浄化の速度は加速度的に進む。これまで禍々しい邪気によって遮断されていた、神気を使った通信回線が、三柱の神の間に再び繋がる。


 ペスカによる深部での浄化や、冬也による邪神の撃退を知らない神々は、周囲の浄化を進めながらも状況把握に努めていた。


「ベオログ。どうなってるんだい? やけに軽くなったし、モンスターの数が減っているじゃないか」

「儂は知らん。じゃが、冬也達が何かしたのかもしれん」

「さっき、北西側で邪神の気配がしたよ」

「何! カーラ、それは本当か?」

「うん。直ぐに消えたけどね。そこに他の神気を感じたんだけど、それが冬也君なのかな?」

「カーラ、どんな神気だったんだい? 早く教えな!」

「ゼーちゃん、慌てないでよ! えっとね~、何だかすっごく逞しい感じだったよ!」

「相変わらずわかり辛いね、あんたの言うことは」

「仕方ないでしょゼーちゃん」

「あたしをそんな風に呼ぶなって、何度言ったらわかるんだい!」

「お主ら喧嘩しとる場合じゃなかろう! 早く冬也達の下に急ぐんじゃ!」

「言われなくても、わかってるよ。あんたこそ急ぎなよ、もうろくジジイ!」

「う~ん。ペスカちゃんなら、無事だと思うんだけど」

「あんたは呑気すぎなんだよ、カーラ!」


 漠然とした状況。それは好転したのか、それとも罠か。いずれにしても、未だ油断がならない。三柱の神に疑念が宿り、苛立ちが募る。三柱の神は通信を介して、発散する様に言い合いをしていた。

 

「お三方、良い争いはそこまでになさって下さい」


 唐突に、通信回線に割り込んで、別の声が聞こえる。聞き覚えのある声に、山の神は思わず口を開いた。


「お主、無事だったか!」

「えぇ。若輩の身には、過ぎた試練ではありましたが」

「無事で何よりじゃ。良くやったのぅクロノス」

「それで、クロノス君。君はいったいどこにいるの?」

「遠くに大きな山が見えます。お三方は?」

「私もみえてるよ。それが東部の中央にあるグロア大火山さ」

「儂もじゃ。もう近くまで来ておる」

「私もだよ~! もう直ぐだね~!」

「なら、一気に進みましょう。小娘に後れを取るのは、まっぴらですので」


 何が起きるかわからない。通信を途切れない様に留意し、互いの状況をつぶさに報告しながら、浄化をしていく。

 

 速度を上げつつも、神々は慎重に進んでいた。

 罠の可能性、襲撃の可能性、あらゆる危険を想定し、あらゆる策略を想定する。何故なら、邪神の背後には反フィアーナ派がいるから。

 既に、大陸東部で山の神を含めた三柱の神が、痛い目にあっている。邪神に気を取られている間に、何をされるかわからない。慎重に越したことはない。


 遠くに見えていたグロア大火山が近づいて来る。しかし遠目でもわかる、緑あふれる景色。火山周辺の浄化、それは深部に残ったペスカと冬也の奮闘した証に違いあるまい。

 

 三柱の神が、グロア大火山に到着すると同時に、大陸東部の浄化が完了した。

 後は邪神を倒せば、一連の騒動は解決する。神々はそう思いつつ、邪神の気配を探る。同時にペスカと冬也の気配も探した。


 周囲をつぶさに観察し、感覚を研ぎ澄ませる。しかし、邪神は見当たらない。ペスカと冬也も見当たらない。

 四方向から探索をしながら合流するも、邪神や兄妹を見つける事は出来なかった。

 

「お主ら、冬也達は居たか?」

「いえ、私は探せませんでした」

「こっちもだよ。まさか」

「そのまさかだろうね~」


 浄化を果たしたにも関わらず、神々の顔が晴れる事は無い。


 そして、やや遅れる様にスール達が到着する。モンスターを駆逐し尽くして、誇らしげな表情を浮かべる者も居る。

 スールとミューモは神々の姿を見ると、着地して頭を下げた。神々の事情を知らないエレナは、スール達の姿をあっけらかんとして見つめる。ブルは変わらぬ態度で、山の神に話しかけた。

  

「お~。久しぶりなんだな山さん。無事で良かったんだな」

「お主もじゃブル。元気そうで安心したぞ」


 久しぶりの再会に、ブルは笑顔を浮かべる。つられる様に、エレナが口を開いた。


「いつかのおっさんニャ。それに美人とちびっ子が居るニャ。でも何でエルフが居るニャ?」

「馬鹿者! この方々は神だぞ! 頭を下げんか!」

「何言ってるニャ泣き虫ミューモ。そんな事って……、ニ゛ャ~!」


 気配を探る様にマナを集中させると、目の前に居る者達からは、自分とは明らかに次元の違う力を感じる。その瞬間、エレナは腰を抜かした。

 驚くエレナを微笑ましく眺めながらも、咎める事なく山の神はスール達に話しかけた。

 

「よいミューモ。ところでスール、冬也とは繋がりは感じるかの?」

「えぇ。しかし、会話は出来ません」


 スールの答えを聞き、視線を合わせる神々。納得したかの様に頷きあう。


「やっぱりだね、面倒な事になったよ。急いで邪神の空間を探すよ」

「そうじゃな。万が一が起きる前にな」

「ペスカちゃんを助けよう! ついでに冬也君と運命の出会い!」

「一応、最後まで見届けねば、セリュシオネ様に叱られる」


 邪神は、ペスカと冬也は何処にいったのか。それは少し前に遡らなければならない。戦いは終局を迎えようとしている。ここではない場所で。

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