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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第九章 大陸東部の悪夢

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第二百六十六話 グロア大火山

 魔獣軍団の背後を襲った邪神。その魔獣軍団を守る為に、転移した冬也。大陸東部の深部に残るのは、ペスカただ一人となっていた。

 

 そして、邪神と冬也が戦っている間、大陸東部ではある異変が起きていた。


 大陸東部には、一万メートルを超える活火山がある。時折噴火をする火山の通称は、グロア大火山という。

 グロア大火山は、かつて火の神が気に入って、住処にしていた場所である。

 

 火の神は短気で怒り易く、その度にグロア大火山は噴火する。それは、大陸東部に住まう魔獣達の常識であった。

 その為、幾度となくエンシェントドラゴンのニューラやその眷属達により、火の神を諫める儀式が執り行われた。

 

 常に噴煙を上げるグロア大火山。かつての活火山は、火の神からの影響を強く受ける。ただ、大陸東部が邪神の領域になってから、その活動は止まっていた。

 火の神が消滅したのと同じく、グロア大火山も死火山になったと思われた。


 邪神が深部から姿を消してから、再びグロア大火山から噴煙が上がる。激しく噴き出す噴煙は、ある予兆を表す。その光景は遠目でもペスカの瞳に映った。


「あ~、嫌な予感がするよ。お兄ちゃんが行っちゃった時に限って、こんな事が起こるんだよ」


 ペスカは愚痴を零す様に呟いた。ペスカが単独になった瞬間に、不自然な程に噴き出した噴煙。それが何を意図しているのか、ペスカは理解している。

 

 モンスターに囲まれてる上に、火山の活性化である。ペスカを追い込む以外の理由はあるまい。

 

 そして、唐突に事態は加速する。まるで爆発でもしたかの様に、大量のマグマが噴き出す。上空に放たれた巨大な火山弾、流れ出す大量の溶岩流。その全ては、ペスカが居る辺りに向かっていた。


「おおぅ、やっぱりか。ってかさ、見込み違いだったのかな。糞ロメが馬鹿って事は無いだろうけど」


 人の倍以上もある巨大な火山弾が、ペスカを目がけて振ってくる。大地を溶かす高熱が、グロア大火山から溢れ出る。

 前方を塞ぐ大量のモンスターが、溶岩流に飲み込まれて融けていく。火山弾と共に噴き出る火山ガスは、周囲に蔓延する瘴気と混ざり、より濃度の高い瘴気に変わる。既に生物は暮らせない空間は、生物が存在し得ない空間へとなる。


 呼吸が行えなければ、人は死ぬのみだろう。地上で生きる魔獣も、大気がなければいずれ死ぬ。更には火山活動のせいで、周囲は酷い高温になっている。


 あらゆる生物を一瞬で溶かす、破壊の象徴とも言えるグロア大火山の大噴火。確かにこの事態は、偏にペスカを攻撃する為、邪神が仕掛けた罠であった。火山弾は、大地に夥しい数のクレーターを作っていく。


 しかし、ペスカは完全に無傷であった。


 体の周囲を囲む障壁に守られ、火山弾はペスカに当たる事はない。更に障壁の内部は、清浄な空気を循環出来る様に整えられる上、暑さを凌ぐ様に仕掛けをしている。

 まるで小型の宇宙コロニーの様だった。


「ふふん。このペスカちゃんを、こんな方法で倒せるとは思わない事だね」

    

 ペスカはダメージを受けていない。その上、前方のモンスターは勝手に消滅していく。

 悪手の様に思える火山の爆発。だがペスカは、それほど単純なものだとは思えなかった。その程度の相手ならば、これまで苦労はしていないはず。


 ダメージを受けなくても、溶岩流で溶けた大地に立つのは、水たまりで遊ぶのとは訳が違う。ドロドロに焼け爛れた大地に立つだけでも、自分の体を守る為に神気を使う。自分を守る為に必要な障壁、そして失われ続ける神気。その状況で、邪神と戦わなければならないとすれば、不利そのものであろう。


 そしてペスカの不安は、予想以上の形で発生する。

 溶岩流で溶けたモンスターが、マグマと融合してうねる様に起き上がった。マグマで出来たモンスターの体は高温を放ち、触るだけでも焼け焦げる様に思える。


 問題は、それだけでは無い。


 モンスターは邪気の塊である。物理的な形を成していても、自然的な物体ではない。しかし、溶岩流という物理現象と融合した事で、モンスターは物理的な肉体を得た。


 今までは浄化という方法で、邪気を清浄化する事が出来た。肉体を得たモンスターは、単に浄化という方法では倒しきれない。

 高温のマグマが、邪気の消滅を阻む。そして、溶岩流で溶けたモンスターは、夥しい数の再生を果たす。


「あ~もう、あっついしめんどくさい! ってかこれが目的なら、やっぱり糞ロメはちゃんとロメってるよね」


 神気を高めて、ペスカは障壁を強化する。そして、神剣を取り出して構えた。

 マグマが形となった、大量のモンスターが、ペスカに迫る。そして、ペスカは神剣を振るう。

 しかし、幾ら切り裂いた所で、モンスターは唯のマグマに戻るだけ。


 更に面倒な事態は続く。神剣を振るう度に、マグマに戻ったモンスターの欠片が、ペスカが張った障壁へ纏わりつく様になった。 

 限りなく現れては、欠片を障壁に張り付けて、モンスターはマグマへと戻る。そして、マグマからモンスターが次々と生まれる。


 延々と繰り返されるモンスターの攻勢で、流石にペスカの障壁でも、暑さは凌げなくなっていた。


 ペスカの額から汗が流れ落ちる。どれだけ斬っても、モンスターの数は依然として減る事が無い。周囲には溶岩流の熱気と、モンスターの山。ペスカの体力はじわじわと削られていった。


「こんな時こそ、カーちゃんの出番じゃないの? 何してんのよまったく!」


 愚痴を言っても、西側で戦っている水の女神が簡単に現れる訳がない。

 それどころか、グロア大火山の噴火は勢いを増していく。段々とペスカは追い込まれていく。

 

 しかし、これでペスカが倒れるはずがなく、挫けるはずもなかった。神気を高め、体内に循環させる。そしてペスカの体は、輝いていく。


「我が神名において命ずる。厳冬よ、ここに来りて全てを氷らせろ。凍てつく風は、全てを白く埋め尽くせ。我が名はペスカ、全ての魔法を統べる者。猛る炎の時間を凍てつかせよ」

  

 呪文と共に、ペスカの体から膨大な光が放たれていく。そしてペスカの周囲は、急激に気温が下がっていく。

 八十度を超えるだろう高温から、零度を超えマイナスへ。


 溶岩流が凍り始める。グロア大火山から流れ出す溶岩流は、逆流する様に凍っていき火孔を塞ぐ。激しく降り注ぐ火山弾は大空で凍った後、粉々に砕けて粉雪の様に変化した。


 溶岩流さえも凍らせるペスカの魔法は、溶岩流から生まれたモンスターの時間を停止させた。ペスカからグロア大火山までの数百キロの間は、真っ白な雪景色となる。

 肌が割ける程の極寒の地は、淀んだ大気さえも凍らせていた。周囲にはペスカ以外に動くものは、見当たらなかった。

 

 あっという間の出来事だった。つい先ほどまでの焦熱地獄は、幻想的に白く輝く風景に変わる。

 

「うぉう、やり過ぎた。さむ! 猛暑から極寒って、なんの修行よ! 風邪ひくし!」


 ただ、ペスカはこれで終わらない。

 山の神達の大規模浄化魔法が、失敗したばかりである。直ぐに手を打たなければ、邪神が再び魔法に介入しかねない。寧ろ、邪神が冬也と対峙している今は、最大の好機であろう。


「季節は巡る。夏から冬へ、冬から春へ。命は巡る。温かい春を迎え、再び命は育まれる。巡る、巡る。そして正しい循環へ。新たな生をここへ」


 ペスカの呪文が終わると、大地を埋め尽くした雪が溶けていく。

 凍った大気は柔らかく、瘴気の欠片も無かった。邪気に塗れたモンスターは浄化され、凍ったマグマと共に大地に溶けていく。大地から芽が出始める。


 まさに大規模な浄化の完成であった。


 やがて冬也に敗北した邪神が東部の深淵に戻った時、この光景を見て歯噛みをする事になる。それを追ってペスカの下に戻った冬也は、あっけにとられる。

 冬也に続いてペスカも、邪神に一矢を報いた。小賢しい罠など、自分には通用しない。天才と呼ばれたペスカの大勝利であった。

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