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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第九章 大陸東部の悪夢

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第二百五十三話 ペスカの到着

「ペスカ様、主が重症を負いました!」

「スール。あんたはここから引き返しなさい」

「何を申されますか、ペスカ様」

「あんたは、あの中には行けない。多分消滅する」

「馬鹿な!」

「私はここから飛んでいく。早く逃げろって、みんなに伝えなさい!」


 ペスカは遠目で見ていた。結界が壊れ邪神が現れたのを。そして大陸東部から瘴気が漏れ出し、北部の大地が再び朽ちていく。直ぐに南部や西部にも影響が出るだろう。

 

 ある程度の予想はしていた。冬也が結界を維持しているとはいえ、いつまでも持たないだろうと。ただ、こんなにも早くその時が訪れるとは、考えてもいなかった。


 遠くからでも、その悍ましい力の気配はひしひしと伝わってくる。

 土地神レベルでは、その瘴気に振れただけで消滅しかねない。そう思わせる程に、濃密な悪意が渦巻き広がっている。それは、一番恐れていた絶望であった。

 

 冬也だからこそ、あの場所に存在していられる。


 原初の神、若しくはそれに匹敵する力を持つ者、そんな力を持つ限られた者以外は、消滅するか発狂して自我を保つ事が出来ないだろう。


 それほど邪神の本体がいる大陸東部は、狂気に満ちた場所だ。そうペスカは感じていた。例えスールが冬也の眷属、神龍であったとしても、あの瘴気に耐え得る事など不可能であろう。


 故にペスカは、スールに撤退を命じた。

 

 しかし、次の瞬間に状況は一変する。広がる瘴気が止まり、再び結界の様なものが張られた。遠目で状況を注視していたペスカは、首をかしげる。

 

「クロノス? なんで?」

「ペスカ様。何が起きているんです?」

「わかんない。でも、ちょっとだけ希望が見えたかも」

「どういう事です?」

「今必要なのは、時間稼ぎだって事」


 悪夢の様な状況を打開するには、大陸東部の浄化が必須となる。それが、邪神を弱体させる足掛かりともなるはず。

 しかし、ペスカと冬也の力だけでは、大陸東部を浄化する事は出来ない。それがわかっているから、水の女神の復活を急いだ。


 地獄の様相を呈した大陸東部を浄化するには、山の神、風の女神、水の女神の三柱を中心とした、ドラグスメリア大陸の住まうミュールの眷属神の力を結集しなければならない。

 しかし、水の女神は復活したばかりの上、大陸北部の浄化を行い、暫くは動けないだろう。風の女神からは、何も連絡がない。山の神は、冬也と共にいる。


 クロノスの登場により、準備を整える時間が少しでも稼げた。それは僥倖とも言える。

  

「スール。やっぱりあんたは、皆の所に戻りなさい」

「儂が足手纏いだとでも仰るのか、ペスカ様」

「そうじゃないよ。お兄ちゃんの代わりに、あんたが皆を守れって事。多分、お兄ちゃんも同じ事を言うと思うよ」

「では、せめてお送りだけでもさせて下さい。ペスカ様」

「直ぐに離脱するって約束するならね」


 ペスカが兄を傷付けられて、怒らない筈がない、動揺しない筈がない。しかし、ペスカは嫌という程に理解をしている。

 怒りに身を任せても、邪神を倒す事は出来ない。寧ろ邪神に力を与えるだけ。故にペスカは、冷静であろうと努めていた。


 特に今回の相手は、かつてのロメリアよりも格段に手強い。想定を遥かに上回る相手なら、それなりの対応を取らねばならない。


「スール。魔獣軍団の戦いはこれからだよ。あいつは必ず前と同じことをする。それが大陸を破壊するのに一番早いからね。黒い奴らが発生した時、皆を率いて滅ぼしなさい」


 スールも、ペスカの言った事は想定していた。だからこそ出発前に、魔獣達を鼓舞したのだ。ただ実際の戦いは、ミューモとノーヴェに任せれば良いと思っていた。


 スールはペスカの言葉で実感した。

 邪神は、冬也が太刀打ち出来ない程の脅威である。邪神の本体が黒いモンスターを生み出せば、北部の戦いとは比較にならない死闘となるだろう。

 確かに魔獣達には、自分の力が必要なのかもしれない。しかし、邪神の下にペスカを単身で送るのは、不安でならない。


「心配しないの。お兄ちゃんが傍に居て、私が負ける筈ないし。私が傍に居て、お兄ちゃんがやられる訳無いんだよ」 


 そう言うと、ペスカはスールの背から飛び降りる。大空を切り裂く様に、真っ直ぐにペスカは落ちていく。そして、降下しながらペスカは呪文を唱えた。


「我が名を持って答えよ。澱みは清らかなる清流へ、邪気には永久の安寧を」

 

 ペスカから光が放たれる。その光は、邪神を囲む魔法陣に作用し増幅する。封じて尚、瘴気を放ち続ける邪神から瘴気が消えていく。そして辺りに光が溢れ、同時に周囲の邪気も消えていった。


 光が消える頃に、ペスカが着地する。邪神は眉一つ動かしていない。周囲の邪気を払っても、直接のダメージは与えてないのだろう。


 しかし、ペスカは口角を上げた。山の神によって治療をされている、冬也を見たからだ。

  

「良かった、無事そうだね」

「ペスカ、無茶しやがって」

「お兄ちゃんは、大人しくしてて。あいつの相手は、私がするよ」


 ペスカは邪神に向かって歩みを進める。ただペスカの登場に眉をひそめていたのは、クロノスであった。


「私の技を利用するとは、相変わらず小癪な小娘だな」

「あれ、居たのクロノス? どうせセリュシュオネ様の仕込みだろうけどね」

「本当に腹の立つ小娘だ、貴様は」

「そういうあんたは反省したの? ごめんなさいするなら、今の内だよ」

「誰が貴様に頭を下げるか、愚か者め!」

「ならせめて、足を引っ張らないでよね!」

「フン。貴様こそ、引っ込んでいろ!」


 女神セリュシュオネの眷属神となったクロノスは、新たな生を受けても過去の記憶が残っている。そしてクロノスは、かつてのライバルに対し不快感を露わにする。それはペスカも同様であった。

 

 邪神を余所に、ペスカとクロノスは言い合いを始めた。当然ながら、ペスカとクロノスの口喧嘩は邪神の怒りに火を注ぐ。

 行動を封じられた上に、己の纏った邪気を払われ、完全に無視をされる形となったのだ。そして邪神の怒りは、頂点に達しようとしていた。


「貴様ら゛ぁ~! いつまでそうしているつもりだぁ!」

「あれ? どうしたの? もしかして動けないとか?」

「言ってやるな、小娘。セリュシュオネ様の剣に加えて、貴様の神言を受けたのだ。そうそう動けまいよ」

「どこまでも、馬鹿にするかぁ! こんな拘束いつでも解ける! 貴様らを最初に殺してやる!」

「フフフ。やってみなよ、偽ロメ! 名前もない偽物の癖に!」

「確かに、小娘の言う通りだな。神は名を持って初めて力を発揮する。貴様は単に悪意の塊だ。神を名乗るのもおこがましい」

「馬鹿にするなぁ~! くそっ、くそっ! 解けろよ! くそっ! あ゛ぁ~!」


 ペスカとクロノスの挑発に対し、邪神は怒りながらも拘束を解こうとやっきになる。だが、中々拘束は解けない。


 邪神は気が付いていない、ペスカが仕掛けた罠に。


 この中で唯一、ペスカの罠に気が付いてるのはクロノスのみ。先程ペスカは、邪神に対して攻撃魔法を放った訳ではない。単に拘束を強化したのとも少し異なる。


 邪神は拘束を解こうと懸命に力を使う。その度に、ほんの僅かであるが、力が抜けていく。


 正確には、魔法陣に力が吸われていく。


「何だ、何をした! 貴様らぁ許さんぞ!」


 魔法陣の効果が発揮されて、そう時間はかからなかった。邪神も気が付いたのだろう、己の体に異変が起きている事に。


 邪神は怒りに震えていた。


 邪気を浄化しマナに変える術は、何もスールの専売特許ではない。かつてロメリアと対峙した時に、ペスカが大気を浄化する為にこの術を使っていた。


 悪意や邪気は、浄化されマナに変換される。そして、邪神を拘束する結界を強固にし、セリュシュオネが用意した浄化の剣の力を強めていった。


「糞ロメといい、あんたといい。同じ手に引っ掛かるなんて、馬鹿だね」

「フン。私がこの小娘に、同調するはずがあるまい」

「何を言っている貴様らぁ!」


 邪神は怒りで顔を歪める。その邪神を見て、ペスカとクロノスは薄笑いを浮かべていた。


「あんたは、ここで力を吸われるの。頑張れば頑張る程、大地が浄化されるって訳。わかった?」

「まぁ。小賢しい知恵なら、小娘の右に出る者はおるまい」

「クロノス。あんた、褒めてないでしょ?」

「当たり前だ、愚か者。なぜ私が、貴様を褒めなければならん」


 ペスカとクロノスの口喧嘩が、どこまで本気なのかは本人達にしか知る所ではない。

 ただ、ペスカとクロノスが邪神を挑発していたのは、無理に力を使わせようとした意図があった。

 

 時間稼ぎ。


 だが今の状況で、その時間稼ぎこそが今後に大きな影響を齎す。強者を相手に、真正面から対峙はしない。二柱の天才、その知恵が邪神を凌駕した。

 未だ戦いは渦中にある。しかし、運命は動き出そうとしていた。

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