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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第八章 混乱のドラゴンとゴブリンの進撃

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第二百四十話 概念の確立

 語られる声、再現される過去。虚無の空間で、失われた冬也の存在は、再構築を始めていた。


 そもそも冬也とは、いったい何であろうか。


 女神フィアーナの血を引いた人間であり、神の座に席を置く一柱。それはただの概念を指す一つに過ぎない。

 

 『喧嘩ばかりする男子』と認識しているクラスメイトがいる。『シスコン』と認識している友人がいる。『理解力が低い』と感じている教師がいる。

 ラフィスフィア大陸においては『英雄の一人』として認識され、『ペスカの兄』としても知名度が高まっている。

 それら全てが、冬也の普遍的価値を示す。しかし、それは冬也の存在を確定し得るとは言い難い。

 

 霧散した現状。そして虚無の空間で、冬也の本質を指し示すものは、はたして何であろうか。


 響く抑揚の無い声、深層心理に働きかける様な映像。それは、苦しみを追体験させるかの様に、冬也の魂へ刷り込まれていく。


 悲しみが、苦しみが、まるで自分の事の様に魂へ深く刻まれる。そして怒りが生まれる。憎しみが生まれる。


 淀んでいく。沈んでいく。


 どれ程の時間が流れたのかわからない。時間という概念が無い虚無の空間で、経過した時の事など無意味なのかも知れない。


 霧散した魂が、形作られる。消滅した肉体が、再構成される。無くしたはずの意識が、生まれる。

 黒ずんだマナ。黒ずんだ神気。黒ずんだ体。激しくつり上がった瞳。憎しみに捉われ、怒りに埋もれる。


 それは、冬也なのか。それは、冬也の普遍的本質であったのか。

 

「お前の力が必要だ。我々には、お前が必要なのだ。ペスカ。あの娘を手に入れる為に。さあ、目覚めよ我らが同胞。そして、手に入れろペスカを」


 再び抑揚の無いロボットの様な声が、虚無の空間に響く。語りかける様に、目覚めを促す様に、ゆっくりと響いていく。


 呼びかけに応える様に、冬也は目を開く。強大な神気はそのままに。だが、雄々しく優しいかつての神気は、欠片も見えない。

  

「ペスカ?」


 開かれた口から最初に放たれたのは、その一言だった。

  

「そうだ、お前の妹だ。奴を手に入れろ。お前なら出来るはずだ」


 響いた言葉は、ロボットの様では無かった。少し高揚した様な声色だった。そのペスカという言葉に引っかかったのか、冬也はゆっくりと思考を巡らせ始める。


 もしかしたら、冬也に対してだけはこの方法は最大の悪手だったのかもしれない。

 輝きの無い虚ろな瞳の奥には、何も映していない。洗脳めいた事は行われたのだろう。確かに冬也は闇に沈んでいた。


 そう、ペスカという言葉を聞くまでは。


 事を企んだ者達は、冬也を間違いなく誤認していたのだろう。『大地母神の血を引いた者』、『ペスカと言う天才が兄と慕う者』、だが事実は少し異なる。

 ペスカとは血の繋がりが無い。そこにあったのは、どんな感情だったのか。それを彼らが少しでも理解していれば、異なる結果があったのだろう。


 冬也の思考は完了し、ペスカの存在を確認した。はっきりと思い出したと言っても良い。そして徐に冬也は口を開いた。


「あぁ、ペスカだな。思い出した。ありがとうよ。全部思い出したぜ」


 冬也の言葉と共に、神気から澱みが消えていく。黒ずみが消えて、虹色の輝きを取り戻していく。雄々しい神気が辺りを眩く照らす。


「油断したか? 体も動きそうだな」

「な、何が?」

「何がじゃねぇよ。酷い映画を散々見せやがって! くそっ、すっげ~ムカつくな」

「お前! まさか!」

「俺が洗脳された? あぁ覚えてるぜ何もかもな。惜しかったな。今なら良くわかるぜ、何が起きたのか、お前らが何者なのか」


 冬也は虚無の空間で、自分の体を確かめる様に少し体を動かした。目が見える。声が聞こえる。体が動かせる。声が出せる。自分の神気を感じる。


 戻って来た、確かな感覚がそこには有った。

 

 冬也の深層心理には、言葉に出来ない程の怒りの根源が有る。間違いなく洗脳は、完成していた。

 しかし、どれだけ洗脳を行おうとも、一つ間違いがある。冬也の戦う目的は、ペスカであると言う事。

 

 元々、日本人である冬也にとって、ロイスマリアという星は、所詮は異世界なのである。この世界で神の一柱に選ばれようとも、どれだけの知り合いを作ろうとも、やはり異世界なのである。

 戦い続けて来たのは、ペスカの故郷だから。ただ、ペスカの守りたいものを守って来ただけ。その過程で、仲間が増えた、守りたいものが増えた。


 ただそれだけ。

 

 『ペスカを傷付ける者は、絶対に許さない』それこそが、冬也が十年間の歳月をかけて、ペスカの兄足らんとする事で獲得した普遍的本質であり、全ての行動原理である。

 それは何をも凌駕する。そう、植え付けられた過去の悪夢でさえも。


「わかるぜ。すっげぇ良くわかる。あんた等の怒りも悲しみもな。許せねぇし、許しちゃいけねぇ事だ」

「ならば、我が同胞となれ。原初の神を淘汰し、新しい世界を創ろう」

「笑わせんなよ! あんた等が見せた映像、あの後に何が起きたのか、俺が知らねぇとでも思ってたか?」


 冬也の言葉に返される言葉は無い。冬也は穏やかな口調で、言葉を続けた。

 

「都合が悪くなると、口を閉ざす。それは、浅ましいって言うんだよ。あんた等が答えないなら、俺が言ってやろうか? タールカール大陸の崩壊! あんた等は、大地母神と原初の神々、そして大陸に生きる生物、全てを消滅し尽くしたんだ!」

「それの何がおかしい! 奴等は当然の報いを受けたまでだ!」

「それは、あんた等が守りたかった人間達を、殺す理由になるのか?」


 再び沈黙が訪れる。そして構わず冬也は言葉を続けた。


「俺がいた地球だって、似た様なもんだ。科学の進歩の裏側で、環境が破壊されて来た。だけどな、全ての人間が自分の利益だけで動いてるんじゃねぇんだ! 世界の為に、生きるものの為に、必死で抗い続けている奴らだって大勢いるんだ! あんた等も理解してただろう? そんな奴らがむざむざ殺されて、悔しかったんだろう? だったら、何であんた等は同じ事をした? ラフィスフィア大陸で、どれだけの人間が死んだ? ドラグスメリア大陸で、どれだけの魔獣が死んだ? 邪神を操って人間を殺して大地を汚して、その結果は本当にあんた等が求める世界なのか? 神同士が喧嘩するんなら、余所でやれ! 地上で生きている奴らを巻き込むんじゃねぇ!」


 その言葉と共に、冬也の体から光が溢れた。その光は、虚無の空間を眩く照らしていった。

 そして声が聞こえる。外部との干渉を許さない虚無の空間に、冬也を呼ぶ優しい声が聞こえる。遮断された空間に想いが届く。


「お兄ちゃん!」


 その声は、冬也に刻まれた怒りを優しく溶かしていく。冬也に刻まれた、憎しみを優しく洗い流していく。


「ペスカ、すぐ帰るからな」


 冬也の顔には、穏やかな笑みが浮かぶ。そして神気は温かく輝く。


「待て!」

「わりぃが無理だ。あんた等の苦しみや憎しみは、痛いほど理解出来る。だけど、俺が戦う理由はそこにはねぇよ!」


 空間がひび割れる。


「後悔するぞ!」

「しねぇよ。ただ出来れば、あんた等は俺の敵にならない事を祈るぜ。もし、まだペスカを狙ってるなら、覚悟して挑め! おれは、そんなに甘くはねぇぞ!」


 冬也は、神剣を取り出し一振りすると、虚無の空間は完全に消えうせた。そして再び、邪神が目の前に現れる。


「どうやら、戻って来れた様だな。喧嘩の再開だ、糞野郎!」

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