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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第八章 混乱のドラゴンとゴブリンの進撃

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第二百十六話 女神の思惑

 ただ光が溢れる何も無い空間に、見目麗しい女性達の姿があった。

 スレンダーな体躯を持ち、童顔な面持ちで柔らかく微笑む女性。男性を魅了する様なグラマラスな身体つきで、シャープな顔立ちながら、柔和な微笑みを絶やさない女性。少女と見まごうばかりの姿と、勝気な釣り目がちの女性。

 

 女性達はいずれも、世界を創造した原初の神である。

 その中でも一番力を持つ女神。大地母神、豊穣の女神、様々な呼ばれ方をされるが、地上で神と言えば大抵この三柱の女神の名が上がるだろう。

 三柱の女神は地上に留まらず、神々の中でも最も大きな力を持つ。

 

 そして今、三柱の女神は、神々の住まう天空の地とは別の空間にいた。

 三柱の女神は、顔を突き合わせる様に向かい合う。柔らかな表情とは裏腹に、緊迫感が空間内を包んでいた。


「それでミュール、そっちの状況はどうなの?」

「直球ね、フィアーナ。でも、ダーリンの様子は気になるわ」

「あのね、ラアルフィーネ。貴女みたいな色ボケ女神に、冬也君は渡さないわよ」


 緊迫感を壊す様な、姦しい二柱の女神の様子に、ミュールは溜息を突く。


「はぁ。あんた達は、相変わらずね。あんな半神の何処が良いのよ。あいつ、所かまわず私の力を使うから、私の神気が減る一方なの。この間は、突然呼び出されたし」

「良いわね~。私も呼び出されたいわ~」

「ラアルフィーネ、ちょっと黙りなさい。それよりミュール、早く話を聞かせて頂戴」

「危険水域を越えたわよ。そろそろ介入も考えないと、不味いかも知れないわね」


 ミュールの言葉に、フィアーナの表情が一変する。


 それまで笑みを絶やさなかったラアルフィーネまで、真剣な面持ちに変わった。そしてフィアーナは、前のめりで掴みかからんとする勢いで、ミュールを問い詰める。


「なんですって! ミュール、もう少し詳しく話しなさい!」

「ちょっと。掴まないでよね、フィアーナ。簡単な話よ、ドラグスメリア土着の神が何柱か、闇に落ちたの。詳しい数はわかってないわ」

「そんな事は知ってるわよ。私はその先を知りたいの!」

「私の眷属になった神も、何柱か闇に落ちたの。取り込まれた内の一柱は、あの子達に倒されたけどね」

「待ってよ! ベオログ達は、どうなったの?」

「ベオログは無事よ、それ以外は不味いわね。おかげで、私の神気もごっそり減ってる。悔しいけど暫くは、大きな力は使えないわ」


 フィアーナは顔を青くする。

 複数の神が悪意に染まり闇に落ちた。それだけでも、顔を青ざめさせる脅威である。しかし、事態はそれに留まらない。


「もしロメリアの分け御霊が、ドラグスメリアで成長し新たな邪神として生まれ変わったなら……」

「そうね、ラアルフィーネ。恐らく、あの大陸の神を複数取り込んで、既に巨大な力を持ってるでしょうね。あの子達では、手に負えないでしょうね。もしかすると、ラフィスフィア大陸より危険な状態になるかもしれないわ」


 ラアルフィーネの言葉に重ねる様に、フィアーナが話す。その声色には強い緊張が含まれ、空間内は緊迫したムードに包まれる。


「じゃあ、介入するのフィアーナ」

「わかってるでしょ、ラアルフィーネ。介入は出来ないわ」

「ダーリン達次第って事ね」

「そうね。冬也君とペスカちゃんには申し訳ないけど……」


 フィアーナは、唇を少し噛みながら首を横に振る。悔し気に顔を歪ませて、フィアーナは少し俯いた。

 自らが定めた法を破る訳にはいかない。そのジレンマが、フィアーナを苦しめていた。想定以上に事態が進行している驚き。それに加えて、冬也とペスカの状況も案じていた。

 

「あの子達は、どうしているの?」

「色々と面白い事をやってるわよ。ゴブリンを使って、軍隊を作ってるみたい」

「はぁ? ゴブリンってあの最弱の?」

「そうよ。あの最弱のゴブリンよ。私が面白半分に作った種族」

 

 フィアーナは首を傾げ、ラアルフィーネは目を輝かせる。二柱の反応を確かめる様に見渡した後、ミュールは言葉を続けた。


「予想外だったわ。ラアルフィーネが送った子も、頑張ってるみたいね。ゴブリンがあんなに強くなるなんて思わなかったわ」


 ミュールは、ゴブリンの里に起きた経緯を掻い摘んで説明する。

 エレナによるゴブリンの特訓。トロールの変貌とコボルトの襲撃。二種族を見事に最弱のゴブリンが撃退。それはフィアーナをして、驚きを隠し得ない事態であった。


 一方、ラアルフィーネは、喜色をあらわにする。

 冬也達の安否に安堵しただけでなく、自らが気まぐれに選んだ亜人が、予想外の活躍を見せた事にも喜びを感じていた。

 そんなラアルフィーネの笑顔は、再び消える事になる。

 

「それより、反フィアーナ派ね。ここまで厄介だとは、思わなかったわ」

「あのね、ラアルフィーネ。あんたの所だって、いつ狙われるかわからないのよ」

「まぁ確かに。ミュールの所と違って、私の所は一枚岩じゃないからね」

「そうよ。私の所は自慢じゃないけど、団結してたわ。それでも、この有様なのよ」


 事実、ラフィスフィア大陸は、混沌勢の猛威に晒された。

 ラフィスフィア大陸を拠点とする神々は、フィアーナを中心に団結をしていた。しかし、たった三柱の邪神と、一柱の戦いの神によって、地上は壊滅状態に追い込まれ、半数の人間が以上が死に追いやられたのだ。


 それは、決して見過ごす事の出来ない事態である。


 ロイマスリア三法が足枷となり、混沌勢への対処が遅れたと言っても過言ではない。そして、再びその脅威が訪れようとしている。次もまた対処が遅れる様なら、その影響は一つの大陸に止まらず、世界中に波及する恐れさえある。

 ミュールは、フィアーナを睨め付ける様にして声を荒げる。


「フィアーナ。貴女まだ対話で済むと思ってるの? ラフィスフィア大陸での暗躍、今度はドラグスメリア。もう明白じゃない、断罪しなさいよ! 甘い事を考えてたらもっと酷い事になるわよ! 冗談じゃないわよ! 私の眷属だってやられてるのよ!」

「落ち着きなさいよ、ミュール。その為のダーリン達でしょ?」

「あの半神達を目くらましにして、その間に叛意の証拠を探るって? だから、それが呑気だって言ってるの!」

「どちらにしても、状況証拠が掴めない限りは、断罪は出来ないわよ」

「なら、このまま座して待てって言うの? ラアルフィーネ!」


 女神達の視線がぶつかる。そしてフィアーナは、歯噛みをした。グッと耐える様に言葉を飲み込む。やがて、ゆっくりとミュールに答えた。


「あの神々は、わかってないだけ。世界を造る事が、どれだけ大変な事なのか。行き過ぎた文明が何を齎すのか」

「壊れてからじゃ遅いのよ!」

「わかってるわよ、ミュール」

「わかってないじゃない。あんたが甘い顔してるから、あいつ等が増長するのよ!」


 フィアーナを、ミュールが睨め付ける。しかし、フィアーナは冷静な口調で、ミュールに答えた。


「やり方を間違えれば、タールカールの二の舞になるわ。わかるでしょミュール」

「わかってるわよ、ならどうするつもりなの?」

「最悪の場合は、世界を切り離す。神々には一切、地上に干渉させない様にね」

「それは……」


 フィアーナが言ったのは、ロイマスリアという星から神々を引き離すという事。引き離された神々は行き場を失い、新たな世界を創造しなければならない。

 広大な宇宙で塵を集めて星を作り、生命が暮らせる環境を整える。それは神々にとって、過酷な試練への始まりである。

 神々をまとめる立場にあるフィアーナが、その言葉を口にしたのは、相応の覚悟が有ってこそだろう。


「私は嫌よ、面倒だもの」

「わたしも嫌よ、ラアルフィーネ」


 あっけらかんとした口調の、ラアルフィーネ。その穏やかな雰囲気に、ミュールは少し留飲を下げる。

 ミュールが少し落ち着いた所で、フィアーナが徐に口を開いた。


「良いも悪いも、いずれにせよ、鍵はペスカちゃんになるわ」

「確かに、あの子の知恵は世界を滅ぼす危険性を孕んでるわ。今更ながら、フィアーナが早めに目を掛けたのは、ほんと幸いだったわね」

「だからこそ、奴等の目を引く」

 

 フィアーナの言葉に、他の女神達が大きく頷く。


「あの子達がドラグスメリアで頑張っている間に、私達は状況証拠をいち早く掴む。頼むわねラアルフィーネ、ミュール」


 フィアーナの言葉に頷くと、三柱の女神はそれぞれ立ち上がる。思惑が渦巻くロイスマリアに、平和な世界が訪れるのか?

 それはかつての英雄にして、現人神となったペスカが命運を握る。そして、ペスカのいるドラグスメリアは、更なる混乱が訪れようとしていた。

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