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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第七章 ゴブリンの逆襲

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第二百五話 真夜中の襲撃

 それは密林が夜闇に包まれ、多くの生き物が寝床で休む頃。月夜さえ届かない暗闇を、真っすぐに歩く集団があった。

 巨大な棍棒を抱え、目をぎらつかせた集団は、三百は下らない数を持って一方向を目指す。明確な殺意を隠そうとせず、集団は進む。

 木々を薙ぎ払い、地を這う虫を踏みつぶす。密林が騒めくが、気にも留めない。言葉なく疎らに響く足音は、何もかもを押しつぶす意志が籠っていた。


 かつて、彼らは温厚な種族だった。他種族との争いを嫌い、収穫を分かち合う事が出来る種族だった。いつの日だったか、彼らの脳内に声が聞こえた。


 力を示せ。得る事が出来るのは、強者だけだ。

 強者であれ、弱者を踏みつぶせ、蹂躙しろ。いたぶる事は、最高の喜びだと知れ。踏みにじる事は、最大の甘美だと知れ。


 夜ごと聞こえるその声は、彼らを温厚的から嗜虐的に変えていった。そして悪意ある集団が出来上がった。

 彼らの近くには、大陸最弱と呼ばれる種族が暮らしていた。かつての隣人は、彼らにとって格好の的だった。隣人をいたぶる事は、とても気分が高揚した。彼らは、初めて快楽を覚えた。


 しかし、せっかく覚えた快楽を、邪魔する者が現れた。それは猿に似た、見た事の無い生き物。そして、ワーウルフに似た種族の雌である。


 数名が傷を負い、集落に戻った時は皆が驚愕した。

 特に、本能的な恐怖を感じた『猿に似た生き物』の話しは、多くの者が俄かに信じる事が出来なかった。

 そして仲間の傷を癒しつつ、屈辱を晴らすべく機会を伺った。


 再び、夜ごとに頭には声が響いた。

 復讐しろ。八つ裂きにしろ。薙ぎ払え。殺せ、殺せ、殺せ!


 日ごとに憎悪が高まる。憎悪と共に、力が強まる。

 丸太ほどに太い腕はより太く、皮膚はより頑丈に。元々大きな体は、より大きく強く変化していった。

 変化は大きさだけでは無い。彼らの身体は真っ黒に染まる。既に、元の種族と異なる容姿に変化していた。

 同族の回復を待つ日々は、彼らの苛立ちを募らせる。溜まりきった悪意が溢れそうな時に、声が聞こえた。


 さあ、蹂躙の時間だ!


 既に巨人ほどの大きさにまで成長した彼らは、軽々と木々を踏みつぶす。

 木々は伝える、彼との約束を守る為に。悪意ある者達の襲撃を。変わり果てた隣人の脅威を。


 ☆ ☆ ☆


 静まり返ったゴブリンの集落で、エレナが走る。そして一つの小屋の戸を開けて、大声で叫んだ。


「ペスカ、起きるニャ! 大変ニャ! なんかヤバそうなのが近づいてるニャ!」

「うっさい、エレナ。起きてるし、知ってるよ」

「あいつら何かヤバイニャ! あんなの見た事無い奴ニャ!」

「いや、あれはトロールだよ! あんた、この前やっつけたでしょ!」

「あれが、トロールニャ? 全く違う化け物ニャ! なんでニャ?」

「詳しい事は、後で教えてあげる。あんたは、早くゴブリン達を起こしなさい」


 密林の騒めきに、いち早く気が付いたエレナは、集落を出て周囲を探索した。

 夜目の利くエレナにとって、暗闇での行動は手慣れている。探索中にエレナが目にしたのは、巨人と見紛う体躯のトロールだった。


 慌てて集落に引き返したエレナは、すぐさまペスカの寝る小屋に向かう。勢い良く戸を開けると、既にペスカは起きて椅子に腰かけていた。

 そしてペスカは、密林の中で何が起きているのか、ほぼ状況を把握していた。

 

 冬也はゴブリンの集落を去る際に、二つの事を密林の木々に依頼している。

 一つ目は、ゴブリン達が自分の力で狩りが出来る様になるまで、獲物を集落に運ぶ事。もう一つは、ゴブリンの集落に危険が迫った時は、ペスカに知らせる事。


 ただし、知能の無い木々に、情報が伝達出来るのか? 『出来るが、漠然としたイメージしか伝わって来ない』、これが正解である。


 知能の無い木々に、情報を伝達をさせているのだ。正確な情報を得られると思う方が、間違いである。そして、漠然としたイメージだけ伝わっても、解読するのに時間がかかる。

 冬也の様に感覚的に捉える者ならば、それでも充分なのだろう。しかし、正確な情報となれば、話しは違う。

 そしてペスカは、これについて事前に対策を行っていた。それは、木々と意思疎通を図る上で、ペスカがかけた魔法である。


 危険迫る、巨大な化物、怖い、黒い。


 漠然としたイメージを言語に置き換えた結果が、単語の数々だ。これでも、ペスカが理解出来る様に改良を重ねたのだ。最初の内は、何を伝えたいのか全くわからなかったのだから。

 しかし、断片的でも危機が迫っている事さえわかれば、冬也が行った様に『神気を広げて辺りを探知』すれば良い。それで、事態の全容を把握する事が出来る。


 エレナの言葉通り、少々危険な相手だ。既に悪意に取り込まれている。それはかつてメルドマリューネで見た、怪物への変容に似ている。


「ったく、糞ロメ。こっちでも同じ事をすんの? 懲りないね」

「ブツブツ言ってる場合なのニャ?」

「わかってる。エレナは急ぎなさい! 私も準備をするから」

「わかったニャ!」


 ペスカの言葉を受けて、エレナが足早に小屋を出る。


 ズマを始めとした各班のリーダーを起こし、ゴブリン達を集める様に命令する。訓練を受けたゴブリン達は、迅速な動きで広場に集合した。

 月明りしか射さない集落の広場に、突然集められたゴブリン達は、揃って首を傾げる。だが、エレナの強張った表情を見れば、何か異常事態が起きている事は感じられた。


 ゴブリン達は、各班に分かれて整列する。ゴブリンが揃った後に、ペスカが広場に現れる。ペスカが到着した事を確認すると、エレナはゴブリン達を見渡す。


 そして静かに口を開いた。


「今、ここにはトロールの軍勢が迫っているニャ。お前達を襲った奴等は力を増し、更に強大になっているニャ」


 ゴブリン達に動揺が走る。かつての自分達が、手も足も出なかった相手が、更に強くなっていると知らされたのだ。動揺するのも、仕方がない事だろう。それだけゴブリン達にとって、トロールから暴虐はトラウマに近い。

 しかし動揺したのも一瞬の事、ゴブリン達は直ぐに静まりエレナの言葉を待つ。


「憶する者は、この場から去るニャ。責めはしないニャ」


 エレナの言葉に対し、ゴブリン達は微動だにせず直立する。戦う覚悟は、既に出来ているかの様に。

 過酷な訓練を乗り越えて来た、それは少なからずゴブリン達の自信となっていたのだろう。そして、今のゴブリン達には、逃げる選択肢などは無い。


 エレナは、再びゴブリン達を見渡す。


 逃げる者がいても、止めるつもりは無かった。むしろ命の脅威から逃げる事の方が、自然な感覚だろう。生命としては、その選択の方が正しい。

 だがゴブリン達の、立ち向かう強い意志を感じ、エレナ自身も熱くなっていた。


「良い覚悟ニャ。私がお前達を必ず勝たせてやるニャ!」

  

 そしてゴブリン達から、一斉に雄叫びが上がる。ゴブリンにとって因縁の戦いが、始まろうとしていた。

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