第二百四話 山さんと女神
鉱山で採掘中の冬也は、順調に進む採掘に鼻を膨らませていた。ただ、目の前に詰まれた鉱石を見て、ほくそ笑んでもいられない。全く疑問が解決していないのだから。
冬也は、山の神を鉱山から少し離れた場所に連れ出す。そして冬也は神気を張り、自分と山の神を包む様に結界を張る。予想外の行動に、山の神は目を見開いた。
「なんじゃ、こんな所まで連れてきおって」
「山さん。あんた何も知らないって事は無いよな」
「何の事じゃ?」
「惚けんなよ、ロメリアの事だ。この大陸の東側に、糞野郎の置土産が有るんだろ? スールって野郎がいねぇのは、そのせいだろ?」
「知っておったか。まぁ、その通りじゃ」
「なんで、大陸の南にまで飛び火してる? 何か知ってるなら教えろ! こっちは、状況が全くわかってねぇんだ」
「残念だが、儂にも詳しい事はわからんよ」
「隠し事か? 神様ってのは、なんで非協力的なのが多いんだよ」
「そうでもないだろ。儂はかなりお主に協力しておるよ。それに儂は気が付いたら、閉じ込められてたんじゃよ」
山の神は少し申し訳無さそうな表情にし、冬也は頭を掻いた。
「あんたは、山の神なんだろ。ただの土地神じゃねぇよな。そんな神様が、閉じ込められるって、どういう事なんだよ。かなりヤバイ状況じゃねぇのか?」
「そうとも言えん。お主が言っておったろ? 儂の信者は、ブルしかおらん。神気が弱ってるんでな、閉じ込められるのも仕方なかろう」
「あんた、俺の事を天空の地で見たって言ったよな! あれから、何日も経ってねぇんだよ! その間に閉じ込められたのか? それは流石におかしくねぇか?」
「確かにの」
「確かにじゃねぇんだよ! そんな呑気な事でどうすんだよ!」
「呑気も何も、言った通りだしな。仕方ないだろ」
冬也は深い溜息をつく。
神様に聞いても、何も情報が得られないなんて、思いもしなかった。ただ、冬也とて無駄に神気を使い、結界を張った訳では無い。
冬也は大地に手をつき、神気を流し込んでいく。そして、問いかける様に呟いた。
「ミュール、聞こえてるんだろ。出て来い! あんたの支配地が侵されてるんだ、真相を全て教えろ! 出て来なければ、無理やりにでも引き摺り出すぞ!」
冬也の言葉に、山の神は慌てて止めようとする。その額には冷や汗が流れ、強張った表情をしていた。
「馬鹿者! そんな乱暴な方法で、ミュールを呼び出してはならん!」
「あぁ? 乱暴な方法で、この大陸に俺達を送り込んだのは、ミュールじゃねぇか!」
「お主とミュールでは、格が違う! わきまえんか!」
「うっせぇよ、山さん! ぐだぐだ言ってると、あんたを人質にすんぞ!」
冬也は、山の神を威圧する様に、睨め付ける。そして山の神は、更に顔を青くする。
「なんて事を言い出すのだ! 神を盾にするとは!」
「馬鹿言ってんのは、あんただろ! 俺にだってわかるぞ。あんたは、他の神とは違う。原初の神ってやつだろ?」
「確かにそうだが」
「そんな神が閉じ込められるなんて、よっぽどの事だって言ってんだよ! しかも、たった一日や二日でだぞ!」
「それは儂も不思議でならん」
「ったく。あんたが何も話す気がねぇなら、親玉を呼び出すしかねぇだろ! それとも、呼び出されたら都合が悪いのか?」
冬也は少し声を荒げる。そして大地に神気を流し続ける。山の神は、無理にでも止めようと手を出すが、冬也の神気に弾かれる。
「なんて強い神気だ」
山の神は、自分が冬也の神気に弾かれるとは思っていなかった。
冬也の言葉通り、山の神は原初の神である。神気が弱まっているのは、ただの方便に過ぎない。冬也達が採掘に励んでいる間、山の神は神気の回復に努めていたのだ。
万全とは言い難い。しかし、たかが神になったばかりの半神風情と、比べるまでもない。それなのに、冬也の神気に圧倒されたのだ。それを驚かずにはいられまい。
そして冬也は大地に眠るミュールの神気と、自分の神気を繋ぎ呼びかけ続ける。その呼びかけに応える様に、冬也の目の前に光が集まった。
「うるさいわね。何なのよ!」
冬也の結界内に、ぼんやりと透ける姿で、女神が顕現する。女神は、さも気だるそうな表情で冬也を見やった。
「神気を駄々洩れにして、あんた馬鹿じゃないの? あぁそう言えば、セリュシオネが言ってたわね。馬鹿だって」
「馬鹿を連呼すんじゃねぇよ、ミュール! 巻き込んでおいて、説明無しってどういう事だよ!」
「はぁ。ちゃんと説明はしたじゃない。どうせ、ちゃんと聞いてなかったんじゃないの?」
そしてミュールは、溜息をついた後、山の神を睨め付ける。山の神は肩を落とし、ミュールから目線を逸らした。
「言っとくけど、私は暇じゃないの。用が有るなら、早く済ませて頂戴」
ミュールは、酷く怠そうな態度で、冷たく言い放った。対して冬也は、声を荒げて言い返す。
「糞野郎の置土産は、大陸の東側じゃねぇのか? 何で大陸の南に影響が出ているだよ!」
「知らないわよ。それを調べるのが、あんた達の仕事でしょ?」
「知らない訳ねぇだろ! 大陸の南以外には、何処に影響が出てんだ!」
「だから、それを調べて教えなさいって言ってんの! わかんない子ね!」
「何を隠してやがる。吐きやがれ!」
「あんた、調子に乗るんじゃないわよ!」
互いに譲らず、冬也とミュールはヒートアップする。段々口調は荒くなり、視線は鋭くなる。雰囲気を察した山の神が、仲裁に入ろうと一歩前に出るが、冬也とミュールの両方に睨まれる。
冬也は、ミュールに喧嘩を売っている訳では無い。敢えて相手を熱くさせ、本音を引き出そうとしているのだ。
もし、それで本音を引き出せなければ、自分の態度を改め、相手の心象を良くした上で再交渉する。人間相手では、そんな交渉術も通じただろうが、神相手に通じるはずが無い。
「あのよ、ミュール。この大陸の魔獣達が、色んな所で被害に遭ってるんだ。何とかしなきゃならねぇよ。頼む、知ってる事は教えてくれ」
「あんた達兄妹に、言える事は無いの。自分の力で調べなさい」
冬也の柔らかい口調に合わせて、ミュールも優しく語る。結局、冬也の疑問を解決する答えは得られなかった。
冬也は深い溜息をついて、ミュールから視線を逸らし、少し投げやりな態度で答える。
「わかったよ」
これでは、冬也は納得しまい。それは、ミュールと山の神にも、わかっていた。しかし、全てを語れる時ではない。そもそも、感のいいペスカならともかく。冬也に全てを語っても、理解は出来まい。
それでも山の神は、目の前にいる『口も態度も悪く乱暴な子供』を、憎からず思っていた。
なにせ、冬也から貰った神気は、とても暖かく心地いいのだ。それに冬也がブルにさせている採掘作業は、自分の為ではあるまい。現状を打破する為に行っているのだろう。
そして極め付けは、ブルと冬也の関係である。冬也を慕うブル、そんなブルの面倒を甲斐甲斐しく見る冬也。そんな姿を見れば、神とて心が温かくなる。
「お主、あのな」
山の神の言葉は、最後まで続く事は無かった。
ミュールに拳骨を落とされて、強制的に黙らされた山の神は頭を擦る。言葉を遮られた山の神に代わり、ミュールが口を開く。
「冬也。あんた二度とこんな方法で、私を呼び出すんじゃないわよ! 必要な連絡は私の部下に伝えなさい」
「部下って誰だよ!」
「鈍い子ね。あんたの目の前にいるでしょ! 他にも、この大陸には私の部下がいるから、頼るといいわ。じゃあね、頑張るのよ」
ミュールは姿を消すのと同時に、冬也は結界を解いた。肩を落とす冬也の背中を、山の神がポンと叩く。
「儂もミュールも、お主の味方じゃよ。大丈夫じゃ。お主はお主らしく、大暴れすればよい」
「山さん……、意味がわかんねぇよ」
多くは語れない。冬也でも、それだけは理解出来た。そして山の神の優しさに応える様に、冬也は作り笑いを浮かべる。
五里霧中。
そんな表現が適当ではないだろうか。
問題が起きている事は事実である。しかし、どんな問題が起きているのかは、具体的ではない。そんな状況で対策を練ろうとも、効果的な案は出ない。
冬也達は、ドラグスメリア大陸の降り立って、最初にゴブリンと出会った。だから、たまたま助けただけ。苦しんでいるから手を差し伸べる事は、間違っていないだろう。しかし、彼ら強くするのが正解なのかどうか、それは定かではないのだ。
それでも、やはり苦しむ者がいる限り、迷わず前に進まねばならないのだろう。
「帰るか、山さん。ブルが待ってるかもしれねぇ」
「そうじゃな、冬也。儂も少しは手伝いをしてやるぞ」
「助かるぜ、山さん。ありがとな」




