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第百三十六話 潜む影と発動する罠

 空を独りで廊下に残し、ペスカを連れて部屋に入った冬也。部屋に入るなり、ペスカに問いただした。


「何で空ちゃんを、あんなに挑発したんだ! 何考えてんだ!」

「ちょっと面倒だから、そろそろ一人消えて貰おうかなって」

「まさかお前! 空ちゃんをこんな所に、残して行く気か?」

「違うよ! 変な勘違いしないで」

「じゃあ、どういうつもりなんだよ!」

「お兄ちゃんは、結界にありったけの神気を注いで、強化して来てよ。後は私に任せて!」


 ペスカは笑みを深めて、冬也に抱き着いた。しかし冬也はペスカの思惑を、いまいち理解が出来ない。仏頂面でペスカを引き剥がすと、冬也は部屋を出る。そして扉の外では、未だポツンと佇む空の姿があった。 

 空を想っての言葉だろう。しかし強めの言葉に、空は少したじろぐ。


「何してんだ空ちゃん! 休めって言ったろ! 早く部屋に戻ってろ!」

「あ、あの冬也さん、私」

「ペスカの頼み事で急いでるんだけど、何だ?」

「ペスカちゃんの?」

「どうした空ちゃん?」

「いえ、いいです……」


 走り去る冬也の後ろ姿を見つめて、空は寂し気に呟いた。


「冬也さんの馬鹿! 冬也さんの馬鹿! ペスカちゃんばっかり!」


 空の中に渦巻く嫉妬の情念。溜め込んだ想いが、戦いのストレスにより爆発した。

 そんな情念を操る者にとっては、恰好の餌になるだろう。一部始終を陰から覗いていた影は、舌なめずりをして下卑た笑い声を上げる。


「これを待っていたのよ。人間とは、何て愚かな生き物なのでしょう」

「メイロード、何をするか知らんが、無茶はするな」

「愛しき君、お任せあれ。今宵我等の下僕を、増やしてご覧に入れましょう」


 鷹揚に語ると、メイロードは姿を消す。暗く淀んだ空間に、独り残された邪神ロメリアは、深く息を吐いた。


「あの女もこれまでか。役に立ったが仕方ない。それより思ったより早く、供給がまた一つ途切れたな。仕方ない帝国にいる死者の軍団を東に向けよう。三日もあれば中央周辺は、死者の軍団で埋め尽くせるはずだ。待っていろ、クソガキ共。もうすぐだ」


 ☆ ☆ ☆ 


 王都各所に配置してある魔石に神気を注いで、結界を強化する。その為、冬也は王都中を走り回っていた。その間ペスカは、ケーリアの下に赴き、軽い打ち合わせを行う。ペスカの話を聞いたケーリアは、王の下へ行く。


 ドタバタと騒がしい王城の中で、空は独りベッドに蹲っていた。


 なんで、いつもペスカちゃんばっかり。ペスカちゃんさえ、いなければ。空は思考の渦に呑み込まれていく。


 やがて日が暮れる。そして夕食の場に、空は顔を出さなかった。気にかける翔一に、手を出すなとペスカは言う。

 翔一は、いたたまれない空気を感じ、そそくさと逃げ出す様に、部屋へと戻っていった。


 そして、誰もが眠りにつく夜更けに、事態は進行した。


 城内は物音一つもせず、静まり返っている。衛兵の影すら見えない。そして城の中に、一つの影が現れた。影は静かに移動し、空の休む部屋へと入っていく。影は静かに眠る空の枕元で、囁き始めた。


 愛しい男をこの手にしたく無いのか? 邪魔な小娘を排除すれば、あの男が手に入るのだぞ。

 奪ってしまえ、あの男はお前の物だ。殺してしまえ、あの娘から男を取り返せ。さあ奪え、さあ殺せ、愛をその手に掴め。

 何も躊躇う事は無い。何もお前を止めはしない。お前の好意は正しいのだ。お前の好意があの男に届かないのは、あの娘が悪いのだ。


 奪え、殺せ、掴め、その愛は、お前の手にこそ相応しい。

 

 その魂を、真っ黒に染め上げようとする、誘惑の囁き。嫉妬のメイロードは、空の魂を引きずり込もうと、囁き続ける。


 眠る空は、唸り声を立て始める。

 

「殺せ、殺せ、ペスカを殺せ」


 そうだ。殺せ。殺すのだ。お前の愛が正しい事を証明するのだ。

 メイロードの囁きは続き、空の呻く様な声は、段々と大きくなっていく。


「殺せ、邪魔なペスカを殺せ」


 邪魔であろう。憎かろう。ならば、殺せ。娘を殺せ。お前ならやれる。お前は正しい。

 

「殺せ、殺せ、うぁ~、殺せ~!」


 空が目を開け立ち上がる。虚ろな目をした空は、ゆらゆらと体を揺らしながら、ベッドから降り部屋を出ようと歩き出す。

 そして朝の騒動の際、翔一に持って来させた、ライフルを手にする。空はライフルを抱えてマナを込める。ゆっくりと、歩きながら入り口に近づく。


 メイロードは、ほくそ笑んだ。


 憎き小娘に一泡吹かせてやれると、笑っていた。メイロードの中には、仲間の手で傷を負うペスカの姿が浮かんでいたのだろう。


 こんなもので、簡単に殺せるクソガキ共ではない。生意気な小娘に、半神のガキは特に力をつけている厄介な存在だ。

 それに黒髪の小娘は、直ぐに我に返るだろう。だがそれでいい。黒髪の小娘が我に返った時、仲間を傷付けた事に深く後悔する。


 嫉妬と後悔の狭間で苦しむ黒髪の小娘を、完全な洗脳状態にするのは造作もない。後は黒髪の小娘を使って、奴らを攻撃を続ければいい。

 仲間に手は出せないだろう。そこに油断が生じる。それにクソガキ共は、怒り狂うはずだ。その怒りは愛しき君への力となる。


 メイロードが夢想に耽っている、その瞬間だった。空がライフルを撃つ。そして放たれた光弾は真っ直ぐに進み、メイロードの腹に大きな風穴を開けた。


「ぐぅあぁああ、何をする貴様ぁ~!」

「何をするって、あんたの言い付け通りに殺すのよ」

「何を言っている! 貴様ぁ、何者だぁ!」

「失礼ね。私の顔を見忘れたの? 東京では世話になったね、メイロード!」


 メイロードは、動揺を隠せなかった。


 狙いは黒髪の小娘、憎きクソガキの仲間である。目の前に居るのは、その小娘で間違い無い。何故だ、あれだけの嫉妬心が有りながら、洗脳にかからない。何故だ、精神耐性でも有るのか?

 違う。問題はそこじゃ無い。精神耐性があろうとも、あれだけの嫉妬を、我が操れないはずが無い。何故だ。何故だ。


 困惑するメイロードの目には、黒髪の小娘がニヤニヤと笑う姿が映る。


 憎らしい笑みだ。神たる我を嘲笑うか?

 愚か者には死を!

 異界の都市を一瞬で崩壊させた何倍もの神気で、大陸東を全て破壊してやる!


 メイロードの怒りは頂点に達し、神気を解き放とうとする。しかし、神気を開放する事が出来ない。それどころか、神気を纏う事すら出来ない。

 

「何をした、小娘!」

「結界だよ。お兄ちゃん特製のね。あんた等は、混血ってバカにするけど、戦の神を両断したお兄ちゃんの神気を舐めんなよ!」

「何を言っている小娘! 何を言っているのだ!」

「馬鹿だね。あんたは、罠に引っ掛かったんだよ。こんなにあっさりと、引っ掛かるとは思わなかったよ。チョロ過ぎだよ! 本当に、馬鹿!」


 メイロードの目に映る娘は、徐に黒髪を取る。すると中から金の髪が現れる。娘が指を鳴らすと、姿が変わっていく。


「貴様ぁ! いつだ! いつ入れ替わった!」

「馬鹿だね、見落としたの? 朝食の後だよ。肩を掴んだ瞬間に、魔法が発動する様、仕掛けてたんだよ」

「ならば、あの嫉妬の渦は何だ?」

「精神魔法の一種でね。自己暗示みたいな物だよ」


 ペスカは、ライフルでメイロードの右肩を撃ち抜く。メイロードは、大きな悲鳴を上げる。しかし、この部屋自体に消音の結界が張られており、音が外に漏れる事は無い。


「そもそもね、空ちゃんは、あれでかなり根性の座った子だから。あれしきの事で私に嫉妬する位なら、堂々と私に挑戦して来るよ」


 ペスカは、更にメイロードの左肩を撃ち抜く。


「考えが甘いんだよ、メイロード。人を誑かすだけで、あんた自身は何を成したの?」


 ペスカは、次に左足を撃ち抜く。


「神気が使えないあんたは、嫉妬に狂った只のオバサン。もうそろそろ、逝っときな!」

 

 ペスカは、メイロードの頭を撃ち抜く。頭を撃ち抜かれたメイロードは、ピクピクと蠢いている。


「復活は出来ないでしょ? 当然だよ。お兄ちゃんの神気の中だよ。さあ終わりだよ、メイロード。さようなら」

「させるかぁ~! まだだぁ~! 我がここで死ぬわけには行かぬのだぁ~!」


 それは、女神としての教示なのか、はたまた意地なのか。それとも、窮鼠猫を嚙むといった状態なのか。メイロードは溜めに溜めた嫉妬を一気に爆発させた。

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