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第百二十四話 蘇るシュロスタイン 後編

 モーリスはペスカの問いに雄々しく答えると、戸を開け放つ。謁見室では玉座にだらりと座った国王が、大声で喚き散らしていた。


「先ほどの、揺れは何だ! まだわからんのか、愚か者め! 戦況はどうなっている! 早く民共を出陣させぬか!」


 謁見室内は悪意が渦巻き、暗く淀んだ空気に溢れている。国王は視点が定まっておらず、ぎらついた視線をあちこちに向けている。モーリスは、ペスカ達を入り口付近に立たせ、玉座へ近づいて行った。


「貴様、モーリス! 何故、牢から出て来た! 何をやっている、早くこ奴を捕らえよ!」


 その声に側近達は殺気立ち、列挙してモーリスに襲い掛かる。モーリスは鋭い眼光で威圧し、側近達を怯ませた。


「えぇい、何をしている! こ奴は重罪人だ! この場で処刑せよ!」


 その声に従い、側近達は剣を抜こうとする。しかし、モーリスは更に睨みを利かせて、威圧を重ねた。その視線に側近達は、震えあがり腰を抜かす。


「お静まり下さい、陛下!」


 謁見室中に響き渡る大声で、モーリスが叫ぶ。その声に国王がたじろぐ。モーリスは歩みを止めず、玉座へ近づいていく。


「貴様! 誰に向かって言っておる! 来るな! これ以上来るで無い! 誰か、こ奴を止めよ!」

「静まれと言っている!」


 どれだけ国王が喚いても、周囲の者達は怯えて動こうとしない。そして周囲を黙らせた眼光と静まれの一言が、国王の口を閉ざさせる。国王のぎらついていた視線は一変し、怯える様にモーリスから視線を外した。玉座の目の前まで歩み寄ったモーリスは、国王の頬を平手で叩く。謁見室内に、乾いた音が響き渡った。


「陛下、目をお覚まし下さい」


 国王は玉座から滑る様に、崩れ落ちる。そのまま四つん這いになり、背を向けて逃げようとする。だがモーリスは、それを許さなかった。国王の襟首を掴み上げ、何度も平手打ちを見舞う。


「陛下、神に惑わされ何をなさっている! 今がどの様な状況に有るかご存知でしょう! 目を覚まされよ!」


 その光景は、見ている者達に畏怖の念を感じさせる。平手を見舞う毎に、悪意が消え去っていく。やがて謁見室内から、悪意に満ちた感情が消え去り、整然とした雰囲気に変わっていった。

 頬を赤く腫らした国王は、穏やかな表情でモーリスに話しかけた。


「降ろしてくれ、モーリス」

 

 モーリスは国王の表情が変化したのを見ると、玉座に下ろし平伏した。国王は謁見室に響き渡る大声で言い放ち、モーリスに向かい頭を下げた。


「モーリス、其方の忠義見事であった! 其方のおかげで、儂は正気を取り戻した!」


 神の洗脳を振りほどき、国王は完全に意識を取り戻した。しかし国王には、洗脳時の記憶がはっきりと残っている。自分が命令した事も何もかも。それ故に、戦争まで至った事への責任を感じた。


 そして国王は瞬時に悟る。国王で有る自分を平手打ちしたのだ。モーリスの極刑は免れまい。だが三国間の戦争を収めるには、モーリスが必要だ。平伏するモーリスに対し、忠義を認め自らが頭を下げる事で、モーリスに罪が無い事を周囲に示した。


「陛下。此度の事」

「モーリス! これから忙しくなるぞ! 戦争を止めねばならぬ。これ以上犠牲者は出してはならんぞ!」


 モーリスの言葉を遮る様に、国王は大声を発する。

 

「モーリス! 其方を将軍へ復帰させる。だが、その前に少し休んで、食事を取れ。誰か、モーリスに食事を摂らせよ!」


 モーリスは、側近に連れられ謁見室を去る。そして王都全体を探知し続けていた翔一は、ようやくホッとした表情に変わった。


「もう、大丈夫そうだよ。危険な気配は消えうせた」

「そうだね。探知お疲れ、翔一君」

「あのおっさん、すっげぇな。張り手かましたの、国王だろ! かっこいいな!」

「ちょっと、お兄ちゃん。そんな事、大声で言わないで! せっかく国王陛下が、モーリスの不敬罪を無かった事にしたのに!」

「馬鹿だなペスカ! 悪い事したら謝るのは、当然だろ!」


 入口付近で騒ぎ始めるペスカ達を見て、国王が笑い声を上げた。


「はっはははぁ、罪を犯したら頭を下げる。其方の言う通りだ! 誰がモーリスを責めようか! あの男は国の宝だ!」


 国王はペスカ達を近くへ呼ぶ。


「モーリスを牢から出したのは、其方達であろう? 感謝する」


 洗脳を受け、国を混乱へと導いた事への反省か。はたまた国王としての責務を果たせなかった事への自責の念か。国王は玉座から下り、ペスカ達に頭を下げた。

 そもそも国王は、国を代表する者である。他国の王にでさえ、頭を下げてはならない。それは、臣下に下る事を意味しているのだから。己の配下に頭を下げるのは以ての外、唯の客人に対して頭を下げるのは論外であろう。

 それでも、国王は深々と頭を下げた。そして、ペスカ達に請う。


「図々しいと思われるかも知れん。其方達は、色々精通していると見える。今、この大陸に何が起きているか教えてくれんか?」


 客人とも呼べないだろう侵入した得体の知れない者達に、謁見室からの退去を命じるどころか自ら声をかける。ましてや、そんな者達に教えを請おうと頭を下げる。そんな事が出来る国王が、世界にいったいどれだけいるのか。

 国を治るには誠実足れと言わんばかりの態度に、ペスカはシュロスタイン王国の光明を見る。そしてペスカが代表して、委細の説明を行った。


「そうか。ではアーグニールやグラスキルスも、我が国と同様の状況かも知れんな」

「陛下。我々はこれから南下し、アーグニール王国へ向かいます。モーリス将軍同様に、ケーリア将軍が存命で有れば、起死回生の一手になるかも知れません」

「すまないな。いずれ我等も必ず力になる。せめて今は、其方達の援護をさせて欲しい。兵站は底を尽きておろう」

「ありがとうございます、陛下」


 国王は側近達に、ペスカ達の兵站を整える様に命じる。そしてペスカ達は、車を取りに行く為に謁見室を離れた。車を城に乗り付ける頃には、兵站を積み込める準備が出来ている。

 手分けして荷物を運んでいると、食事を終えたモーリスが姿を現した。急いで駆け付けたのだろう、すこし息が荒い様に見える。

 

「ペスカ殿。アーグニールへ向かわれるとか」

「うん。ケーリアが生きていれば、助けて来るよ」

「ケーリアの事です。殺しても死なんでしょう」

「信じてるの?」

「感です。ケーリアの事、よろしくお願いします」

「任せて! そっちは戦場を何とかしてよね!」

「はい。お任せ下さい」


 モーリスは胸を拳で叩くと、ペスカの姿を深く瞳に焼き付けた。

 モーリスの瞳には変わらず熱い炎が宿る。それは死への旅路とは違う、別の強い覚悟。師から託された国を守る。仲間と誓い合った、平和な世界を再び築く。何より敬愛するペスカと、再び相見えんと心に誓う。


 ペスカは激励代わりに笑顔を深めて、モーリスに視線を送る。


 何時、何処でロメリアが現れるかわからない。そんな不安は残る。だが、ペスカは知っている。かつての右腕が、どれ程の力を持っているかを。

 簡単にやられない。簡単にやらせはしない。両者の視線が交差する。再び生きて会おう。二人の瞳が熱く物語っていた。


 ペスカ達は車に乗り込み、南へ向かい車を走らせる。向かうは、アーグニール王国。混迷を極める大陸に平和を取り戻すペスカ達の戦いは尚も続く。

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