【4話】 差し伸べられた右手
「ご、ごめん……何? 何がどういうこと? 僕が……え? どういう……」
ますます混乱し、鵜飼はその場をグルグルと歩き回る。
「ちょ、ちょっと待ってよ……」鵜飼は立ち止まった。「穂苗は自殺したんだよね?」
「それは夢です」
神崎は即答した。
「僕が……救出者になったのは?」
「それも夢です」
神崎はまたも即答。
自殺者を救出できる夢のことや『誘拐犯の核』のこと等、全て真実であることを神崎は付け足した。しかし『誘拐犯の核』を消す方法に関しては、夢の中の神崎が言ったとおり。
つまり『誘拐犯の核』が住み着いた自殺者を救うことで消せる方法が正しいのだと、神崎は言う。
「僕が……見郷と知り合ったのは……」
「ええ。それも勿論、夢です。おそらくですが、見郷紫乃という人物は存在しません。夢が作りだした人物でしょうし」
「藤井が……」
「自殺したのも、夢です」
そこまで聞いたところで、鵜飼は頭を抱え、脳内を整理した。
しかし色々なことがありすぎて、体験したことがリアルすぎて、これまでのことを『夢だった』とすぐに片付けることはできなかった。
「何故そのような夢を見させたのか……気になりますよね?」
神崎は、静かに口を開いた。
「理由は一つです。自殺者を救出する際、本気で救出に向かって欲しいからですよ。だって鵜飼さん、あなたは『人が自殺した』というニュースを見て泣きますか?」
神崎は自問自答するように、何度も首を横に振った。
「答えは『ノー』ですよね? 実際に家族や友達が自殺した経験のある人にしか、その人の苦しみは理解できません」
ここで神崎は両手を広げた。
「その苦しみを理解している人ならば、自殺者を救うことのできる能力を手に入れた際、こう思うでしょう。『同じ苦しみを味わう人を減らしたい』と。その気持ちが、夢の中の救出を本気にさせるでしょう」
しかし、と神崎は繋げつつ、広げた両手を下げた。
「本当に家族や友人が自殺した経験のある人は、モチベーションが上がらないと思います。何せたった一人の、大切な人を失っていますからね。踏ん張る理由が少ないです。ある人は『自分だけ失って他の人は失わないなんて不公平だ』と思い、救出をしなくなるかもしれません」
神崎はうっすらと微笑んで、鵜飼の顔をのぞき込んだ。
「もうお気づきですよね? そうです、鵜飼さん。あなたのように、夢の中で『家族や友人が自殺する』という擬似体験をすればいいのですよ。そうすれば、苦しみを知ることができ、更に、自殺した家族は無事だったという安堵感が加わります。そうなると、自殺者の救出を、最高のモチベーションで行うことができます」
すると、神崎は右手を差しだしてきた。
「さあ、鵜飼さん。あなたがよろしければ……我々と共に、夢の中で沢山の自殺者を救出しませんか? 『誘拐犯の核』を絶滅させることで自殺者をゼロにし、笑顔一杯の日本にしませんか?」
さあ! と神崎は更に強く、右手を差しだしてきた。
色々な気持ちがせめぎ合い、鵜飼はボロボロと涙を流した。
「ど、どうしたんですか?」
神崎は驚きの表情で、右手を引っ込めた。
「穂苗は……生きてるんだね?」
涙しながら、鵜飼は問うた。
「え、ええ……。自殺したのは、夢です……」
神崎は、困惑した様子で答えた。
「藤井も……生きてるんだよね?」
「ええ……生きてます……」
鵜飼はその場に両手両膝を着けた。
「……良かった……」
溢れる鵜飼の涙が地面に吸収されていく。
「……良かった……本当に……良かった……」
涙する鵜飼に合わせて、神崎はしゃがんだ。
「すみません鵜飼さん……。あなたをここまで追い詰める気は無かったんです……」
鵜飼は涙を流しながら、何度も首を横に振った。
「本当にすみません、鵜飼さん……。あなたの夢は、私では何故か御しきれず、より過酷な方向に向かってしまって……」
「いいよ……謝らなくて……いい……」
涙の洪水は、しばらく止まらなかった。神崎がハンカチを用意してくれたが、鵜飼は断り、全ての涙を制服の袖と地面に吸収させていた。
「ごめん……。みっともないところ見せたかな?」
「いえ、そんなことありません……。こちらの方こそすみませんでした」
神崎は軽く頭を下げた。