【2話】 キミが居なくても頑張るから……
鵜飼は寝間着から制服に着替えた。制服は、中学時代のものだ。穂苗も制服を着ていたということは、この夢は鵜飼が中学三年、穂苗が中学一年の時とリンクしているのだろう。
(何だか懐かしいな……実家……)
家の隅々を見渡しながら、鵜飼は一階に降りた。
リビングのテーブルでは、穂苗がテレビを見ながら、食パンを食べていた。穂苗の向かい側に、鵜飼の分の朝食が置かれている。朝食は、トースターで焼かれた食パンが二枚。食パンの表と裏には、マーガリンが満遍なく塗られている。
「えっと、今日の朝食当番って……」
「私よ?」穂苗は食パンをくわえながら、鵜飼を睨む。「なんか文句ある?」
「べ、別に……」
あっそ、と穂苗はテレビの方を向く。
「いただきます……」
鵜飼は食パンを一口食べた。マーガリンが染み渡ったジューシーな食感と味は、夢とは思えないほど繊細に再現されており、美味しかった。
「ていうか、今日は私の中学デビューだから、学校が騒がしくなるかもね?」
言いつつ穂苗は最後の一口を食べきり、テレビを消した。
「春の妖精が舞い降りた……なーんて学校は大騒ぎよ、きっと」
穂苗は鵜飼に向かってウィンクした。
「……そうだね……」鵜飼はパンを一口食べて、「自意識過剰もほどほどにね」
「なっ! ぬー!」
穂苗は眉間にシワを寄せ、両拳を握った。
「ふっふっふ……。今までの私なら、拳打ラッシュをお見舞いしてたトコロだけど」
穂苗は拳を解き、表情を和らげた。
「もうガキじゃないからね。その程度の煽りには乗らないわよ?」
「今の台詞、覚えといてよ?」鵜飼は最後の一口を食べた。「ごちそうさま」
その後、穂苗と共に歯磨きをし、穂苗と共に忘れ物は無いかをチェックし、穂苗と共に通学路を歩いた。何でも無い、普通のことだが、鵜飼にとっては正に夢のような時間だった。
本来なら、今もあるべき時間が……。
「ここが私の母校となる中学か」
校門の前で、穂苗は両手を腰にかけて校舎を見上げた。しばらく校舎を眺めた後、穂苗は納得するように何度も頷いた。
「じゃっ、直道、行ってくるから」
「あ、ちょっと待って」
走り出そうとした穂苗を、鵜飼は呼び止めた。
「何よ?」
ぞろぞろと生徒たちが通る校門の中心で、穂苗は両手を腰に掛けた。
「僕……頑張るから……」
鵜飼は、ゆっくりと、噛みしめるように言った。
「……は? 急にどうしたの?」
「…………ううん……。何でも無いよ……」
「何それ?」
穂苗は呆れた様子でため息を吐いた。
「今日の直道、何だか変ね。それじゃ、また」
穂苗は素早く背を向けて、校舎の方へ走っていった。