【18話】 血戦
「……みんなは……僕が助ける……」
鵜飼も高速で神崎との距離を詰めた。そして鵜飼は右ストレートを神崎に放った。と同時、神崎は首を横に傾けて、鵜飼の拳をかわした。その拍子に神崎は左手で鵜飼に喉輪をかけて動きを封じた。
「この程度ですか?」
「ぐっ……!」
夢の中なのに喉輪されて『苦しい』。神崎の手を振りほどこうにも、力が強すぎて解けない。
苦しみの中、手を解こうとする鵜飼に対し、神崎は右手を弓を引くように大きく後ろに引いてから、十分に反動が乗った右手で鵜飼の胸部に掌底を放った。
ドン! と鈍い音がし、鵜飼は豪快に後ろへ吹っ飛ぶ。
(くっ……)
空中で宙返りして、鵜飼は小石で埋め尽くされた地面に降り立った。掌底を喰らった胸部がズキッと痛み、鵜飼は顔を歪める。
今までの夢とは違った。今回の夢は……いや、神崎の力か。全てのダメージを現実のそれにしてくる。苦しみと痛みを、夢とは思えないほどリアルに再現させてくる。
「負けない――」
残る苦しみと胸部の痛みを堪えて、鵜飼は神崎に向かった。神崎は空手の達人のように隙のない構えで、鵜飼を迎え撃つ。
向かう途中、鵜飼は地面の小石を右手一杯に拾い、それを全て神崎に投げつけた。だが神崎は小石がビシビシと全身に被弾しても、達人の構えを解かない。
牽制はできなかった。ならばと鵜飼はそのまま神崎から二、三メートルほど前方で立ち止まり、両足でしっかりと軸を作ってから、神崎に右手のひらを向けた。
「【ヒラケゴ――」
マ、と言い切る寸前のことだった。神崎は右手で鵜飼を指差した。すると鵜飼の右肩から指先にかけてまで満遍なく有刺鉄線が巻き付いた。
「ぐああああああああああ!」
右手を引っ込めてしまうほどの激痛だった。涙も出るほど痛みは強かった。有刺鉄線は骨も簡単に貫通している。右腕は鮮血でズタズタだ。
『痛い』なんてものを超えている。指先から順に、右腕全体を電動ミシンで隙間無く縫われているみたいだ。
「男なのに泣き叫んで、みっともないですねえ」
神崎が嘲笑する。
「うあああああああああああああ!」
叫びで痛みをごまかして、鵜飼は右手を下げた状態で神崎のふところに入った。そして神崎に左ストレート、右ハイキック、左ハイキックの順に放つ。神崎はそれを木の葉のようにかわす。しかしその後、神崎はほんの一瞬だけグラついた。
ハッキリ見えた。しまった……という神崎の表情が。その隙に、鵜飼は神崎の顔に左ストレートを放った。しかし透明のバリアが貼られてそれを防ぐ。
ピシッ……ピシッ……とバリアにヒビが入る。パリン……。完全にバリアが割れたと同時、神崎はひらりと跳んで距離を取った。その表情には焦りがあった。そこから鵜飼は読み取っていた。
神崎は、もう、棺桶の破壊に徹する、と。
(やらせるか!)
鵜飼は激痛が走る右手を素早く上げた。有刺鉄線が巻き付いた右手を神崎に向けて【ヒラケゴマ】を放とうとした時、神崎は鵜飼を左手で指差した。すると今度は左腕全体に有刺鉄線が突き刺さった。
「………っっっっっっっっ!」
声にならないほどの痛みが走った。すると神崎ここぞと言わんばかりに、凄まじい速さで川面を走って棺桶に向かった。このままでは、棺桶が破壊されてしまう。
『学校で、ずっと待ってるから……』
そう言い残した見郷の姿が、鵜飼の脳裏にチラついた。
「ああああああああああああああああああああああああ!」
叫びと共に、鵜飼は渾身の力で血だらけの右手を上げた。そして棺桶に向かう神崎のルートを先読みした場所に右手を向ける。棺桶のことを考えると、あの時のような大きな火柱は放てない――。
「【ヒラケゴマ】!」
ドンピシャリのタイミングで、鵜飼の右手から火柱が放たれた。縦横三メートルほどの大きさの火柱が、神崎に直撃。神崎は、棺桶の側の川面に倒れ込んだ。神崎の右肩から先がごっそりと消滅している。どうやら【ヒラケゴマ】は直撃はせず、かすった程度だったようだ。
「はあ……はあ……はあ……」鵜飼は肩で大きく息をする。
激痛が走る両腕を下げ、鵜飼は川面を歩いて神崎のもとへ向かった。神崎は、川面で弱々しくも立ち上がろうとしている。
「はっ……。なんてザマ……」
神崎は言った。神崎は立ち上がろうとするが、余程弱っているのか、ガクッとその場で仰向けになって倒れた。
「今後のために……あなたに一つ……教えてあげます……」
神崎の口調は弱々しい。
「あなたの【ヒラケゴマ】は、もう全部の誘拐犯に対策されてます……。無論、私にも」
神崎は、胸を大きく動かした呼吸を挟む。
「だから【ヒラケゴマ】を、あの時……完全にかわすことが出来たはずだった……。でも……私は一瞬だけ硬直して【ヒラケゴマ】を完全にかわしきれなかった……。何で一瞬だけ止まったか……分かります?」
分からないでしょうね、と神崎は仰向けのまま続けた。
「ビビッたんですよ……。あのまま棺桶に向かえば勝てるはずだったのに……。結局、あなたの『想い』に一瞬だけビビッたんですよ……」
フッと、神崎は含みのある笑いを溢した。
「……さっさと打ったほうがいいですよ? 時間、もうありませんよ?」
鵜飼は激痛が走る右手を、神崎にゆっくりと向けた。
「……【ヒラケゴマ】」
鵜飼の右手から、ゴウッと炎が放出された。