【16話】 遠い未来
ムマが言った『こっちのルール』……つまり、いつも通りの方法で救出しなければならないようだ。
鵜飼は早速廊下に出て協力者を待つ。
間もなく、廊下の先から誰かが走ってきた。
走ってきたのは、制服姿の男子。アイドルのように整った顔立ちで、オシャレな髪型。
見慣れた人物だったので、離れた所からでも鵜飼にはすぐに分かった。
協力者が藤井一輝だということを。
協力者の姿は『誘拐犯の核』がリアルタイムで住み着いている者になると、あの時に聞いたが……。夢のバグによるものなのだろうか。
藤井の姿をした協力者は、無表情で鵜飼の真正面に立った。
「藤井……」
動く藤井の姿を見て、鵜飼は深い悲しみに包まれた。
「藤井……ごめん……」
鵜飼は思わず涙してしまった。温度のある涙が頬を流れる。
「元気が無いな、鵜飼」
突然、藤井の姿をした協力者が喋った。無表情から、やさしい表情に変わっている。その柔らかな表情を見て、鵜飼は不思議なことに感じとっていた。
目の前に居る藤井が、本物の藤井の魂を持っていることに。
「……もしかして……」
「ああ、自分でも驚いている」藤井は己の両手を交互に見て、「俺、死んだらしいな」
ハハッと藤井は物憂げに笑った。
「成仏する前に会えて良かったよ、鵜飼。見たところ、元気無さそうじゃないか」
「べ、別に……」鵜飼は涙をグシグシ拭いて隠した。「大丈夫だよ……」
藤井は鵜飼を見つめて、
「……その様子からして……鵜飼穂苗は、蘇らなかったのか?」
「……うん……」
「そうか……」
藤井は、極めて小さな声で言った。
「藤井……ごめん……。僕……見郷吉宗だけじゃなくて……藤井まで犠牲にして……」
震える声で言い、鵜飼は右手を握りしめた。
「ごめん……。結局、穂苗は蘇らなかった……」
ボロボロと、鵜飼の目から涙が溢れる。
「僕……何とかしたいけど……何もできない……『ごめん』としか言えないんだ……」
涙を流す鵜飼の肩に、藤井は手を置いた。
「もういい。泣くな、鵜飼」
鵜飼は涙を拭いながら、首を何度も横に振った。
「懺悔はまた後にしろ。今はそんなことをしている場合じゃない。もうホントに時間が無いんだ……」
藤井は鵜飼の肩から手を離し、天井の先の、天空を見つめた。
「鵜飼、残された時間は少ない……。今の俺には分かるんだ、不思議と……」
藤井は、天空から鵜飼の方に視線を移した。
「……鵜飼、おまえは何故ここに来てるんだ? そうやって泣いてグズグズするために来たわけじゃないだろ? 助けるために来たんだろ?」
鵜飼は涙を拭いながら頷いた。
「だったら今は堪えろ」
な? と、藤井は優しく鵜飼の心を押した。鵜飼は涙を拭いきって、しっかりとした表情で藤井と向き合う。
「いい表情だ……。さあ鵜飼、助けに行く者の名前を言うんだ」
「うん……。全員、助けに行く……」
藤井は微笑みながら頷き、右手を差しだしてきた。今回は意味不明なことを叫ぶことはないらしい。
「鵜飼……もう一度言うが、時間が迫っている。くれぐれも長期戦に持ち込むな。一撃で終わらせろ。今のおまえならできるはずだ」
「……うん……」
鵜飼が握手しようとしたら、藤井は手を引っ込めてそれを阻止。
「そして俺からのアドバイスを一つ。誘拐犯も人と同じで、得意分野もあれば、苦手分野もあるということだ。おまえがそのことを念頭に置いておけば、この先も、更にその先も負けることはあり得ないだろうな」
「……随分と買いかぶるね。急にどうしたの?」
「見たんだ……」
え? と、鵜飼は声を漏らした。
「遠い、遠い未来のことを、見たんだ」
「遠い……未来?」
藤井は頷いて、
「鵜飼が沢山の人を助け、沢山の人を笑顔にする……。そんな未来を、さっきまで見ていたんだ……。何故だか、そこには俺や、鵜飼穂苗も居た……。みんな笑顔で、楽しそうな世界だった……」
すると、藤井は何かを否定するように一往復だけ首を横に振った。
「時間が無い時に、何を言ってるんだろうな俺は」
「ううん。何だか僕も、そういう未来が待ってる気がするんだ」
「そうか……」
藤井は極めて小さな声で言った。
「鵜飼、最後に一つ。この先どんなことがあってもその世界にたどり着ける。そう信じて生きてくれ、鵜飼。おまえだけは生きろ」
「……うん……大丈夫……」
鵜飼と藤井は微笑みを交わした。
「では鵜飼、『その世界』でまた会おう」
「……うん!」
鵜飼と藤井は、強く握手を交わした。