【13話】 手のひら返し
「鵜飼さん……あなた一体何を企んでいるのですか?」
「僕は……」鵜飼はゆっくりと口を開き、ゆっくりと神崎の方を向いた。「僕はまだ、穂苗が蘇ると信じてるんだよ」
「そんな見え透いた嘘を言ってどうするつもりです?」
「嘘じゃないよ。僕は心の何処かで、穂苗が蘇ると信じてるんだ」
神崎はしばらくの間、険しい表情で鵜飼を睨み付けた。後に、神崎は何かを諦めるようにため息を吐いた。
「まあいいでしょう。では鵜飼さん、もう一度契約、やってみましょうか?」
「……いいの?」
「ええ。対処できなかった場合のことは、今は言いませんがね」
大体予想はついている。
その場合待っているのは、おそらく『死』。
「では鵜飼さん、右手を出して下さい」
右手を差し出すと、神崎は深く念じつつ、鵜飼の右手にフッと息を吐いた。すると鵜飼の右手人差し指と、右手中指に、ゴツゴツとした黒いテープが隙間無く巻かれた状態で出現した。
それとほぼ同時、スーツ姿の軍団の指に巻かれた黒いテープが、鵜飼の目に見えるようになった。
「さあ、これであなたは救出者です。早速この薄黒い光をどうにかしてくれますか?」
「うん……」
鵜飼は薄黒い光の前まで行き、神崎も後を追ってきた。
(……中に入れてよ……お願い……)
強く念じ、鵜飼は薄黒い光にソッと右手を触れた。
すると、触れた右手はヌプッと沼に埋まるように薄黒い光の中に埋まり、そのまま内側へと通過した。その光景を見て驚いたようで、神崎は表情を開いていた。右手を更に突き出すと、ズズズと肩まで通過した。このまま行けば、中に入ることができる。
光の中に入ることができる。それが確定した。
ほのかな安堵と共に、鵜飼はひとまず右手を抜いた。
「素晴らしい!」
鵜飼が右手を抜いた瞬間、神崎は叫ぶように言った。
「素晴らしい! もしやあなたならば……と思っていたのですよ、私は!」
神崎はこれ以上に無いほど声を弾ませている。
神崎は鵜飼の真正面に立ちに来ると、深く一礼した。
「先ほどまでのご無礼、お許し下さい」神崎はまたも深く一礼した。「さて鵜飼さん、これで終わりではありませんよ? この後、独りで中の誘拐犯と闘わなければいけません。心の準備は大丈夫でしょうか?」
「……うん。ここまで来れば、もう決まったようなものだよ」
神崎は両手を合わせ、満面の笑みを咲かせた。
「ええ、ええ、その意気です!」
満面の笑みで言うと、神崎は周りを見渡しながら手を叩いて注意を惹きつけた。スーツ姿の軍団が、一斉にこちらを向く。
「皆さん、もう作業を中止して集合して下さい!」
スーツ姿の軍団は手を止め、こちらに集合し始めた。
弱々しく歩いてくる者や、気絶した者を抱えて歩いてくる者や、頭から血を流して、仲間の肩を借りながら歩いてくる者等。ほとんどの者がボロボロの状態で神崎の周りに集合した。二階堂も、集合している。
「そこまでして何もできないとは……。まったく、使えない人たちですね」
神崎はスーツ姿の軍団をギロリと睨んだ。畏怖するように、軍団は目を伏せる。
「もう結構です。無能なあなたたちの家族は蘇らせませんから。丁度、近い内に有能な人材が沢山入荷するので、その人たちと全取っ替えします」
すると、スーツ姿の軍団は一斉に神崎の方へ身体を寄せた。
「困ります! 神崎さん、どうかそれだけは!」
と、スーツ姿の女性が、神に拝むように両手を組んだ。
「お願いします! この先の夢ではヘマしないので!」
と、スーツ姿の男性は深く頭を下げた。その後も、二階堂を含むスーツ姿の人たちは、神に拝むように、神崎へ言い寄った。
(くっ……!)
鵜飼は悔しさで、拳を握りしめた。
今すぐ言いたい。蘇るなんて、嘘だと。
しかし、そんなことを言っても、彼らは信じない。
信じたとしても、その希望を砕くことになる。
そう、どのみち鵜飼は言えないのだ。