【12話】 まだ蘇ってないよ
学校をドーム状に覆う薄黒い光は、校門の前まで展開されている。
薄黒い光の内側では、大勢の誘拐犯がウロウロしている。誘拐犯たちは、こちらが見えていないかのように、薄黒い光の内側でウロウロしている。
鵜飼は試しに、薄黒い光に触れてみた。すると、バチッと静電気が通った時のような衝撃と共に手が弾かれた。
「何だこれ……」
鵜飼は校門から何歩か退いて、周りを見渡した。
「みんな色々やってんるんだ……」
遠くからでは気付かなかったが、スーツ姿の軍団は薄黒い光の前でただ立ち往生しているわけではなく、色々な方法で薄黒い光を突破しようとしている。
薄黒い光に何度も体当たりをしている者や、何か(おそらく睡眠薬)を飲んで薄黒い光の前で目を瞑る者、拳に血が滲むまで薄黒い光を殴り続ける者等、様々だ。中には誰かに後頭部を殴らせて気絶し、気絶した状態で薄黒い光に倒れ込む者も居る。
スーツ姿の集団は危険を顧みず、薄黒い光を突破しようとしている。
全くの、知らぬ者を救おうとしている。
理由は一つしか考えられない。
神崎に『救えば家族の蘇りに近づく』と騙されて、必死でどうにかしようとしているのだ。
「まったく、何時間もかけて対処できないとは、使えない人たちですね」
彼らの士気に水を差すようなことを、神崎は皆に届くような声で言った。しかし彼らは、神崎に対して何も言わない。
中にはムッとしたり、神崎を睨み付けていた者も居たが、その怒りを表わしたのは一瞬。何故なら彼らには神崎に逆らえない理由がある。
逆らえば、蘇らせないと言われたら、終わりだから。
「さて鵜飼さん、何か策は見つかったのですか? 無いのであればとっととこの場から消えて下さい。邪魔なので」
「……試したいことならあるよ」
鵜飼が言うと、神崎は「どうぞ」と言わんばかりに首を少し傾げた。
「僕を……もう一度救出者にして」
神崎は眉をひそめた。
「……あなたを救出者に? 何故です?」
「僕が救出者になれば、突破できそうな気がしてね」
「根拠は?」神崎は間髪入れずに言った。
「根拠も無いよ」
でも、と繋げながら、鵜飼は校舎を見上げた。
「中にはどうしても助けたい人が居るんだ。中に入れなくても、最後まで足掻きたい……。それに僕を救出者にしたって、そっちに損は無いでしょ? だって嫌ならまた契約を解除すればいいじゃん」
神崎は腕を組み、深く唸った。
「それは無理ですね。一度契約を解除した者が再び救出者となった場合、その契約は二度と解除できないようになります。死なない限りはね。最近行った実験の結果、そう出たのです」
「嘘でしょ……。じゃあ、やっぱり嫌? 僕を救出者にするのは」
神崎は更に深く唸り、考え込む。
「あれ? 鵜飼クン?」
突然、何者かがこちらに歩いてきた。二階堂だった。二階堂は鵜飼と目が合うと微笑んで会釈し、神崎の方にはしっかりとした表情で一礼した。
「鵜飼クン、どうしてここに?」
二階堂は眼鏡のズレを直した。その時、二階堂の指に黒いテープが巻かれていないことに、鵜飼は気付いた。否、今の自分にはテープは見えないのだと、鵜飼は瞬時に訂正した。
「ていうか鵜飼クン、妹さんとは会えたんですよね? 元気にしてる?」
「それは……」
蘇る、なんて嘘だったから蘇っていない。そんなこと、言えるはずがなかった。
「ふ……ふふ……ふふふふ……」
突然、神崎が肩を震わせながら不気味に笑った。
「二階堂さん、あなたは本当に憐れな人ですね。鵜飼さんの妹が、蘇ったと本当に信じてるんですか?」
「……え? どういう……ことですか?」
「それはですね――」
その先の言葉を遮るタイミングで、鵜飼は二階堂と神崎の間に割って入った。
「二階堂さん、実は、穂苗はまだ蘇ってないんだ」
鵜飼がそう言うと、神崎はギョッと目を見開けた。
「鵜飼さん? あなた何を……」
鵜飼はシッと人差し指を立てて、神崎を黙らせた。
「実は助けた人の数が少なすぎて、蘇らなかったんだ。だから今日、慌てて契約をし直しに来たんだ」
「そ、そうだったんですか!」二階堂は顔を青ざめながら、両手で頭を抱えた。「あの、ごめんなさい! デリカシーの無いこと言って!」
「別に気にしなくていいって。ほら、今はお喋りしてる暇なんてないでしょ?」
「そ、そうですね! じゃあ、また後で会いましょう!」
二階堂は元気良く、薄黒い光の方へ走っていった。