【9話】 キミとの約束
あれから何日経っただろうか。
学校に行かず、外にも出ず、水以外は何も口に入れず……。
鵜飼はずっとベッドの上で横になって、布団にくるまっていた。
部屋は荒れ果てていた。引きちぎられたカーテン、壊れた目覚まし時計、本棚に収まっていた本は、全て床にばらまかれている。
部屋の壁は、所々が獣にでも引き裂かれたようにボロボロ。床は踏み場がないほど、あらゆるゴミや本で散らかっている。部屋の中で機能的に無事なものは、テレビと冷蔵庫ぐらいであった。
『ピンポーン』
外から日差しを感じられる時間帯に、エントランスからのチャイムが鳴り響いた。
二、三回ほど無視すれば帰るだろうと思ったが、何回も繰り返された。
「……誰だよ……」
鵜飼は渋々インターホンに向かい、通話ボタンを押した。
「はい……」
『私。見郷紫乃だけど』
「……何か……用?」
『うん。用があるから、さっさとロック開けてくれない?』
鵜飼は弱々しく、ロックの解除ボタンを押した。しばらくすると、玄関からのチャイムが。
「……何か用?」
開けた扉の先には、マスクをした見郷紫乃が居た。学校の制服を着ている。鵜飼の姿を見ると、見郷はギョッと目を見開けた。痩せ細った鵜飼の姿に驚いたのだろう。
「あんた……大丈夫なの?」
「別に……大丈夫だよ……」
視線を落とした先に、見郷の左手首が目に入った。未だに巻かれている包帯が痛々しい。
「まあ、とにかくお邪魔するわよ」
見郷は玄関まで入ると、驚くような目つきで中を見渡した。
「何これ……泥棒でも入ったの?」
「別に……」
「……あんた、さっきからそればっかりね」
見郷はため息混じりに言った。見郷はマスクを外し、肩まで伸びた黒髪を後ろに払った。
「……何か用?」
「ああ、そうそう」見郷は通学鞄から数枚のプリントを出した。「はいコレ。鵜飼が休んでた分のプリント」
受け取った数枚の紙でさえ、鵜飼には鉛のように重く感じた。
「……学校……行ってるんだ……」
「まあね。今日もこれから行くところ」
見郷は左手首を隠すように、手を後ろで組んだ。
「……ねえ鵜飼、あんたさ……学校来なさいよ」
「うん……分かってる……。明日、行くから……」
見郷は大きくため息を吐いた。
「あのね、分かってないから言ってんでしょうが。明日は土曜日で休みだし」
「……そうだっけ……」
鵜飼は受け取ったプリントを床に置いた。
「見郷の用って、プリントだけ?」
「え? まあ、そうだけど……」
「じゃあ帰れば?」
鵜飼が素っ気なく言うと、見郷は悲しげな顔をした。
「あのさ……私が居なくなったら、鵜飼はどう思う?」
見郷の顔を、鵜飼はハッと見直した。
「私がこの世から居なくなったら、鵜飼は――」
「悲しむに決まってるでしょ!」
気付けば、鵜飼は見郷の手を握っていた。たじろぐ見郷の顔を見て我に返り、鵜飼は手を離した。咄嗟に掴んでしまっていた手は、包帯が巻かれた左手だった。
「……ごめん……痛かった?」
「う、ううん、大丈夫」
大丈夫、と見郷は繰り返した。
「あのさ、鵜飼……私も同じ……。あんたが居ないと、学校つまんない……」
「……」
「そりゃ鵜飼の気持ちは分からないわよ。でもさ、鵜飼は言ってくれたよね? 『悲しむ』って。私もその気持ちと同じ……。あんたと比べることはできない思うけどさ……」
「……」
「まあ、とにかくさ、今日ぐらいは学校来なよ?」
見郷はマスクを着け、玄関の扉に手をかけた。
「学校で、ずっと待ってるから……」
小さく言い残してから、見郷は部屋を出て行った。
見郷が扉を開けた際に吹きすさんだ風が、妙に心地よかった。