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夢の中の誘拐事件  作者: 灰色坊や
第3章∶全ての真実
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【9話】 キミとの約束

 

 あれから何日経っただろうか。


 学校に行かず、外にも出ず、水以外は何も口に入れず……。

 鵜飼うかいはずっとベッドの上で横になって、布団にくるまっていた。


 部屋は荒れ果てていた。引きちぎられたカーテン、壊れた目覚まし時計、本棚に収まっていた本は、全て床にばらまかれている。


 部屋の壁は、所々が獣にでも引き裂かれたようにボロボロ。床は踏み場がないほど、あらゆるゴミや本で散らかっている。部屋の中で機能的に無事なものは、テレビと冷蔵庫ぐらいであった。


『ピンポーン』


 外から日差しを感じられる時間帯に、エントランスからのチャイムが鳴り響いた。

 二、三回ほど無視すれば帰るだろうと思ったが、何回も繰り返された。


「……誰だよ……」


 鵜飼は渋々インターホンに向かい、通話ボタンを押した。


「はい……」


『私。見郷みごう紫乃しのだけど』


「……何か……用?」


『うん。用があるから、さっさとロック開けてくれない?』


 鵜飼は弱々しく、ロックの解除ボタンを押した。しばらくすると、玄関からのチャイムが。


「……何か用?」


 開けた扉の先には、マスクをした見郷紫乃が居た。学校の制服を着ている。鵜飼の姿を見ると、見郷はギョッと目を見開けた。痩せ細った鵜飼の姿に驚いたのだろう。


「あんた……大丈夫なの?」


「別に……大丈夫だよ……」


 視線を落とした先に、見郷の左手首が目に入った。未だに巻かれている包帯が痛々しい。


「まあ、とにかくお邪魔するわよ」


 見郷は玄関まで入ると、驚くような目つきで中を見渡した。


「何これ……泥棒でも入ったの?」


「別に……」


「……あんた、さっきからそればっかりね」


 見郷はため息混じりに言った。見郷はマスクを外し、肩まで伸びた黒髪を後ろに払った。


「……何か用?」


「ああ、そうそう」見郷は通学鞄から数枚のプリントを出した。「はいコレ。鵜飼が休んでた分のプリント」


 受け取った数枚の紙でさえ、鵜飼には鉛のように重く感じた。


「……学校……行ってるんだ……」


「まあね。今日もこれから行くところ」


 見郷は左手首を隠すように、手を後ろで組んだ。


「……ねえ鵜飼、あんたさ……学校来なさいよ」


「うん……分かってる……。明日、行くから……」


 見郷は大きくため息を吐いた。


「あのね、分かってないから言ってんでしょうが。明日は土曜日で休みだし」


「……そうだっけ……」


 鵜飼は受け取ったプリントを床に置いた。


「見郷の用って、プリントだけ?」


「え? まあ、そうだけど……」


「じゃあ帰れば?」


 鵜飼が素っ気なく言うと、見郷は悲しげな顔をした。


「あのさ……私が居なくなったら、鵜飼はどう思う?」


 見郷の顔を、鵜飼はハッと見直した。


「私がこの世から居なくなったら、鵜飼は――」


「悲しむに決まってるでしょ!」


 気付けば、鵜飼は見郷の手を握っていた。たじろぐ見郷の顔を見て我に返り、鵜飼は手を離した。咄嗟に掴んでしまっていた手は、包帯が巻かれた左手だった。


「……ごめん……痛かった?」


「う、ううん、大丈夫」


 大丈夫、と見郷は繰り返した。


「あのさ、鵜飼……私も同じ……。あんたが居ないと、学校つまんない……」


「……」


「そりゃ鵜飼の気持ちは分からないわよ。でもさ、鵜飼は言ってくれたよね? 『悲しむ』って。私もその気持ちと同じ……。あんたと比べることはできない思うけどさ……」


「……」


「まあ、とにかくさ、今日ぐらいは学校来なよ?」


 見郷はマスクを着け、玄関の扉に手をかけた。


「学校で、ずっと待ってるから……」


 小さく言い残してから、見郷は部屋を出て行った。

 見郷が扉を開けた際に吹きすさんだ風が、妙に心地よかった。


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