【8話】 神崎の本性
晴れ渡る空の下、鵜飼は葬式会場に来ていた。葬式には大勢の人が来ており、その数は彼が愛されていた度数を示している。
受付に並ぶ人には、鵜飼のように制服を喪服としている者が多い。その中に鵜飼の知った顔も見られた。
受付を済ませた人々は、誰とも話すことなく、誰とも会釈することもなく、流れるように会場内へ着席しに行っていた。
慎んでの静寂……とは説明できないほど、会場は静か。
それほど藤井一輝の死は突然で、信じられなく、何よりも重いものだったのだろう。
鵜飼穂苗の葬式と同様の雰囲気だった。
鵜飼は空虚に、流れるように会場内へ着席しに行った。会場内の最奥には豪華な花に挟まれた木製の棺があり、その奥に満面の笑みを咲かせた藤井一輝の遺影が立てられている。
アイドルのように整った顔立ちは、遺影になっても変わらない。鵜飼は何故か吸い寄せられるように、彼の視線と向き合うような席に座っていた。席が大方埋まった所で焼香が始まり、場の音は僧侶の読経に支配された。
鵜飼は焼香を済ませると、席に戻ることなく、そのまま会場を後にしていた。
人通りの無い田んぼ道を、鵜飼は力なく、ゆっくりと歩いていった。
当てもなく進んだ田んぼ道のど真ん中で、神崎チカが立っていた。セーラー服を着ていて、短髪を所々跳ね上げたボーイッシュな髪型。
鵜飼が真正面で立ち止まると、神崎は優しく微笑んだ。
「……穂苗は蘇るんだよね?」
鵜飼は震える声でそう言った。
すると、神崎はクスッと笑った。
「そんなことを言った覚えはありませんが?」
聞いた瞬間、鵜飼の全身を流れる血の温度が氷点下に達した。
「ちょ、ちょっと待ってよ……。冗談でしょ?」
鵜飼は精一杯の笑顔を作って神崎に迫った。神崎は、やれやれといった感じで首を横に振る。
「あなたは本当に憐れですね。人がそう簡単に蘇るわけないじゃないですか」
神崎は鵜飼を避けるようにして、後ろへ二、三歩後退した。
「……じゃ、じゃあ、もっと自殺者を助ければ蘇るってことだよね? そうだよね?」
「あなたまだそんなことを言ってるんですか? というか、夢の中で全て聞いてたじゃないですか。あのお喋りな『誘拐犯の核』に。全て見ていましたよ?」
言うと、神崎はクスクスッと笑った。
「あ……あいつの言うことなんか……嘘でしょ? 嘘って言ってよ、ねえ?」
神崎は、クックックッと腹を抱えた。
「残念ですが鵜飼さん……」神崎は笑い涙を拭いて、「そっちが事実です♪」
鵜飼の視界はグニャリと歪んだ。
周りの田んぼや、クスクス笑う神崎の姿が形を失っていく。
「嘘でしょ……。穂苗は……蘇るんでしょ?」
「鵜飼穂苗には『誘拐犯の核』が住み着いていたので、私が自殺させました。因みにもう蘇りませんよ」
「嘘……嘘だって言ってよ……」
「あのお喋りな『誘拐犯の核』が言ったことが全てですよ、鵜飼さん」
「そんな……」
鵜飼は両膝を着けた。
「嘘だ……」
「だから嘘ではありませんって。あいつが言ったことが全てですから。ちゃんと話を聞いていましたか?」
神崎は淡々と言った。
「じゃあ……僕は……何のために……見郷吉宗や藤井を見捨てたって言うの?」
「そのことについては本当に感謝しています。何せ『誘拐犯の核』を二つも消せた上に、あなたを絶望へ導けたのですから。まあまあ楽しめましたよ、あなたの『物語』は」
神崎はまたも淡々と言うと、その場で脱力する鵜飼に合わせてしゃがんだ。
「全てを知られた以上、あなたにはもう、利用価値はありませんね。力を解除させてもらいますよ」
神崎は鵜飼の右手人差し指をめがけてフッと息を吹いた。すると、鵜飼の右手人差し指から黒いテープが消滅した。
「これであなたはもうあの夢を見ることはありません。そして私たちともお別れですね」
立ち上がると、神崎はフッと冷たく笑った。
「あなたは本当に良い木偶でした」
さようなら、と冷え切った口調で言い、神崎は去っていった。