【7話】 少年は絶望を知る
「早く選べ! 俺を信じるのか! 神崎チカを信じるのか!」
「……う……」 鵜飼は、右手をフジイに向けた。
「俺を消したら、鵜飼穂苗は蘇らないかもしれないぞ! それでいいのか!」
「あ……う……」
鵜飼は、右手を引っ込める。
「俺を倒さなければ、藤井一輝は死ぬぞ! それでもいいのか!」
「う……あ……」
鵜飼は再び、右手をフジイに向ける。
「それでいいのか! 鵜飼穂苗は蘇らないかもしれないぞ!」
「う……う……」
パニックになり、鵜飼は両手で耳を塞いだ。
『耳を塞いでも無駄だ! 選べ!』
鵜飼は更に強く耳を塞ぎ、強く目を閉じる。
『俺を消せば、鵜飼穂苗は蘇らないかもしれない! このまま救出を見送れば、藤井一輝は死ぬぞ! さあ! 早く選べ!』
耳を閉じても、目を閉じても、フジイの叫び声は消えない。
フジイを消せば、穂苗は蘇らない。
このまま救出を見送れば、藤井一輝は死ぬ。
消せば、蘇らない。
見送れば、藤井一輝は死ぬ。
蘇らない。
死ぬ。
蘇らない?
死ぬ?
ヨミガエラナイ?
シヌ?
「僕はどうすればいいっていうんだよ!」
ハッと目を見開くと、舞台は薄暗い部屋に移った。
カーテンからは、うっすらと朝日が溢れてきている。
あの時、鵜飼は自らの意志で無理やり目を覚ましていた。
「現実……今……現実……」
自分自身に確認しながら、鵜飼は震える手でスマホを取った。
「藤井……」
藤井のスマホに電話をかけたが、呼び出し音が繰り返されるだけであった。
「くっ……」
鵜飼は一応《無事なら返信して》とメールを送っておいてから、藤井の家の方に電話を掛けた。
「……お願い……出てよ藤井……」
鵜飼の祈りが通じたかの如く、誰かが出てくれた。
『はい、藤井です』
とても若々しい女性の声だ。藤井は一人っ子なので、母親であろう。
「あの、えっと、僕です……。じゃなくて、鵜飼です! 鵜飼直道です!」
『鵜飼……あーあー、鵜飼くんね? 知ってるわよ~、一輝がいつもお世話になってるらしいわね?』
「あの、今すぐ藤井を呼んで下さい! お願いします!」
『へえ~、そんなに早く一輝の声が聞きたいの? まだ六時なのに、妬けちゃうわね~』
「いいから早くして下さい! お願いです!」
『え? わ、わ、分かったわ!』
ゴトッという物音がした後、電話の向こうでドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
おそらく向こうが急迫に気付き、保留することなく通話を繋げたまま受話器を置いたのだろう。
「藤井……大丈夫だよね?」
鵜飼はスマホを耳に当てたまま、何度も藤井の無事を祈った。
その時、
『きゃあああああああああ!』
電話の向こうから、女性の叫び声が聞こえてきた。
その叫び声が、鵜飼を絶望のどん底へと突き落とした。