【4話】必然的な出会い
「通常、夢で救出されなかったり、救出に失敗すると、対応する自殺者は自殺する。ところが、俺たちのような『誘拐犯の核』が住み着いた人間はそうじゃない。夢の中で偶然救出されなかったり、救出に失敗しても自殺しないんだよ。ある条件がない限りね」
ある条件、と聞いて、鵜飼は嫌な予感がしていた。
「『誘拐犯の核』が住み着いた人物をAとしよう。Aが自殺思念を抱くと、あの夢の中で誘拐される。Aが誘拐される夢を見た救出者をBとする。通常の自殺者は、Bのような救出者に救出されなければ自殺するが、先ほど話したようにAは自殺しない」
フジイは休息を取るように一息入れた。
「神崎チカが、数ある自殺者の中から3人の自殺者を選んで、Bのような救出者の夢の中で救出できるように仕向けていることは知っているだろう?」
鵜飼は頷いた。神崎はそれを『夢の管轄』と言っていた。
「神崎チカの『夢の管轄』による選出に漏れて、自動的に救出が失敗となった場合も同様に、Aは自殺しない」
ところが、とフジイは強く繋げる。
「AとBが何らかの関係を持っていた場合、救出に向かわなかったり救出に失敗したらAは自殺するんだ。その場合であっても『夢の管轄』の選出に漏れたらAは自殺しない。そして前に話した通り、救出に成功しても『誘拐犯の核』は消えずに他の人間に移り変わるだけだ」
顔を強ばらせる鵜飼を見てか、フジイはフッと笑った。
「何らかの関係については条件が結構緩い。例えAとBが友達以上の関係でなくても、BがAの親族と友達になれば、AとBは『何らかの関係』となってしまうらしい」
ドクッと、鵜飼の心臓が静かに暴れた。
「さて鵜飼……。先ほどの復習をしよう。神田ヨネの他に誘拐された人物の名前は言えるかな?」
ドクドクッと、鵜飼の心臓は暴れ出す。
「ふむ。ならば俺が言おうか。確か……吉池五郎と……見郷吉宗だったな?」
ドクドクドクッと、鵜飼の心臓は暴れる。
「では簡単な質問をしよう、鵜飼。最近、知り合った人物は居るかな? もう友達になった人物は居るかな?」
ドクドクドクドクッと、心臓は暴れる。
「隠しても無駄だ、鵜飼。見郷吉宗の娘……見郷紫乃と友達になっただろう?」
ドッドッドッドッと、夢の中なのに、心臓が暴れて苦しい。
「そう。つまりおまえは見郷吉宗と『何らかの関係』を持ったことになる。ここまでくれば、もう解るだろう?」
「違う……」
と鵜飼は言ったつもりだったが、声が出ていなかったらしく、フジイは無反応であった。
「見郷吉宗こそ『誘拐犯の核』が住み着いていた人間だ」
フジイは強い口調で言い切った。
「神崎チカは、鵜飼と見郷紫乃を友達以上の関係になるように仕向けて『誘拐犯の核』が住み着いた見郷吉宗と鵜飼の間に『何らかの関係』を作った。そして『誘拐犯の核』が住み着いた見郷吉宗を自殺させるために、鵜飼に神田ヨネの救出を命じたのさ」
そして、とフジイは繋げる。
「俺自身にも言える。俺は藤井一輝に住み着いているからな。今回のように、鵜飼に救出させないのは、『誘拐犯の核』である俺が住み着いた藤井一輝を自殺させるためだ」
「違う!」
鵜飼は叫び、椅子から立ち上がった。
「それは絶対に違う……」
「否定したい気持ちも分かるが、数ある自殺者の中で、見郷吉宗が3人の中に選ばれていたことが何よりも証拠だ」
「違う……それは偶然だよ、絶対……。そもそも僕と見郷は偶然知り合ったんだ……」
「ほう。ならば保健室での件はどうだ?」
「見郷が保健委員だからだよ……。必ずしも保健委員が……見郷が看病するなんて保障はないし、そこから友達になる保障もない。神崎はその全てを計算してたって言うの?」
チッチッチッと、フジイは指を振った。
「俺が言いたいのはそこじゃない。おまえが飲んだ白い錠剤についてだ」
「それがどうしたっていうの? あれは緩和剤だよ。頭に変な刺激が来てたから、それを無くすためのものだよ」
「だから、その緩和剤の中に入ってたんだよ」
「何が?」
「見郷紫乃の、体液だよ」
鵜飼は思わず、言葉を飲んだ。
「どの体液かは解らないが、一番入手が容易な唾液だろうな。人は唾液を交換することで、恋人以上の関係を持つと言われているからね。唾液の入った緩和剤さえ飲ませれば、看病する人物など誰でもいい。そこまで考えて、神崎チカはおまえを夢に招待したのさ。見郷紫乃の方にも、何らかの方法で鵜飼の唾液を飲ませているだろうね」
フジイは一呼吸挟んだ。
「政治家である見郷吉宗の体液は何かと入手困難だったから、娘の紫乃をターゲットにしたんだろう。おそらくだが、健康診断の際に唾液を採取させたんじゃないかな? 他にも方法はありそうだがね」
鵜飼は呆れ、思わず吹き出した。
「そんなのデタラメだ。第一、どうして君がそこまで知ってるの? さっきから僕や藤井や神崎の視点から物事を見てきたようにデタラメなこと言って……。僕を惑わせようとしてるだけでしょ?」
「『誘拐犯の核』は一度でも戦闘をしたことがある者の視点を断片的に見ることができるのさ。勿論、分身が対峙した者の視点もね」
「そんなのデタラメだ……」
鵜飼は小さく呟いた。
その後、長い、長い沈黙が作られた。