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夢の中の誘拐事件  作者: 灰色坊や
第2章∶蘇りの代償
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【26話】 一生止まらないナミダ


 病室の前にあるソファーで座ること数分。

 病室から、喪服を着た四十代ぐらいの女性……見郷みごう紫乃しのの母親が出てきた。続いて眼鏡を掛けた男の医者とナースが出てきた。


「あの……」鵜飼うかいは立ち上がって、「見郷は大丈夫……ですか?」


「命に別条は――」


 と眼鏡を掛けた医者が口を開いたその時、見郷のツカツカと鵜飼に歩み寄った。


「あ、えっと……」


 鬼の形相をする見郷の母親に気圧され、鵜飼は思わず目を逸らした。

 その一瞬に、見郷の母親は、鵜飼の首を両手で力一杯絞めてきた。


(あ……が……)


 絞める力は異常に強く、振りほどこうとしてもビクともしない。呼吸ができず、気を失いそうで、ぼやけた鵜飼の目には、鬼の形相をする見郷の母親の姿だけはやたらハッキリと見えていた。


「見郷さん! 何をしてるんですか!」


 医者は叫び、見郷の母親を羽交い締めにして、鵜飼から引きはがした。


「げほっ……はぁ……がっ……はぁ……はぁ……」


 鵜飼はその場で座り込み、咳き込みながら息を整える。座り込む鵜飼に合わせて、ナースがしゃがんで「大丈夫ですか?」と背中を撫でる。


「あんた娘に何かしたんでしょ!」


 見郷の母親は、医者に羽交い締めにされながら叫んだ。


「何なのよ《《あんたたち》》は! 何が楽しくて、私たちを傷付けるのよ!」


 見郷の母親は力尽きるように座り込んだ。


「何なのよ……私たちが……何をしたって言うのよ……」


 見郷の母親は両手で顔を覆い、声を上げて泣いた。

 うっ……うっ……と見郷の母親は泣き崩れる。その姿を見た鵜飼は、罪悪の恐怖に見舞われ、震えた。


「見郷さん、こちらへ……」


 と医者は優しい口調で言い、見郷の母親を連れて行った。


「大丈夫ですか? 立てますか?」


 ナースは心配そうに鵜飼の顔を覗き込んだ。


「大丈夫……です……」


 鵜飼は首を押さえながら立ち上がった。

 その時、


「うかい……」


 病室から、小さな声が聞こえてきた。


「……いるんでしょ?」


 小さな声は、続いた。


「行ってあげて下さい」


 ナースは優しい口調で言った。


 病室に入ると、ベッドで見郷は仰向けになっていた。見郷の左手首には包帯。右腕は点滴で繋がれている。


(見郷……)


 見郷は無表情で、天井を見つめている。


「うかい……」


 見郷は天井を見つめたまま、無表情で言った。


「私……何か悪いことしたかな?」


 見郷は天井を見つめたまま、無表情で言った。


「お父さん……自殺するし……。私もワケ解んないまま手首切ってるし……」


 見郷は天井を見つめたまま、無表情で言った。


「私……神様に嫌われるような、悪いことしたのかな?」


 見郷は天井を見つめたまま、無表情で言った。


「何も悪いことした覚えないのに、何でこうなるのかな?」


 見郷は天井を見つめたまま、無表情で言った。


「今までずっと、良い子でいたつもりだったのに……」


 無表情な見郷の目から、一滴の涙が流れた。


「何がいけなかったのかな?」


 見郷の目から、ボロボロと涙が溢れる。


「ねえ、答えてよ、鵜飼……」


 見郷の目から、次々と涙が溢れ出てくる。


「僕は……僕は……」


 せめぎ合う様々な気持ちを、鵜飼は拳を握ることで収めた。


「………………………………ゴメン……僕には……分からない……」


「……そうだよね……。うん……分かってた……」


 彼女の涙が止まることは無かった。

 きっと、これからもずっと……。



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