【25話】魂削りの誘拐犯
(落ち着いて……。守らなきゃ……見郷を守らなきゃ……)
誘拐犯に黒塗りの棺桶を破壊されれば、見郷は自殺する。
(守らなきゃ……何としても……)
守らなければ、見郷が死ぬ。その重圧は、鵜飼の手足を震わせる。
「ねえ、見郷……あのさ……ちょっとお願いがあるんだけど――」
「鵜飼じゃないか?」
聞き覚えのある声が、鵜飼の不意を打った。
振り向いた先には、セピア色に染まっていない藤井一輝の姿があった。
何故かセピア色に染まっていないため、藤井の着るラフな私服がとてもカラフルに見える。
「ふ、藤井? 何でここに?」
「何でと言われても」藤井は何かを考えるよう、腕を組んだ。「運命、じゃないか?」
いつもの調子で言うと、藤井は見郷のもとへ歩み寄った。
「ふむ、これが見郷紫乃だな?」
すると、藤井は見郷の手首を強引に引っ張って、強引に立たせた。見郷は涙でぐちゃぐちゃになった顔で、キッと藤井を睨み付ける。
「ちょっと藤井? 何してるの?」
「こうするためさ」
次の瞬間、藤井の全身がザ……ザ……ザ……と、砂嵐のようにブレ始めた。原型が分からないほどまでブレた後、徐々にブレは治まった。
ブレが晴れた先には、上下青のジャージ姿で、虹色の覆面を被った中肉中背の男……誘拐犯の姿があった。
(……どういう……こと?)
わけが解らず、鵜飼は立ち尽くすことしかできずにいた。誘拐犯は見郷の手首を掴んだまま、もう片方の手で手刀を作った。
「な、何なのよ! あんた!」
見郷は誘拐犯の腹、足、股間の至る箇所を蹴ったり、ジタバタと動いて手を振りほどこうとする。しかし誘拐犯は鉄のようにビクともしない。
誘拐犯は見郷の手首から手を離し、その手で見郷の顔を鷲掴みにした。そして誘拐犯は先ほど作った手刀を、見郷の胸をめがけて勢い良く突き出した。
ガシュッ! と、黒い棺が見郷の胸ごと貫かれた。
急なことに、鵜飼は声も出せずにいた。誘拐犯は見郷の顔から手を離し、手刀をゆっくりと見郷の胸から抜いた。夢だからなのか、手刀には血が付いたりしていない。
「あ……う……」
と見郷は苦しそうな声を出した後、力無く地面に倒れ込んだ。
(……何が……どうなって……?)
依然、鵜飼は立ち尽くすことしかできない。誘拐犯は姿を消して、しばらくすると謎の力が働いて鵜飼のまぶたが閉ざされた。
ハッと目を見開くと、鵜飼はベンチに座っていた。周りの景色は色を取り戻しており、人気も元通り。
「そ、そうだ……見郷……」
ベンチの近くでは、見郷がうつぶせになって倒れていた。
「見郷!」
鵜飼は素早く見郷に合わせてしゃがみ、身体を横に起こした。ゴロッと横になった見郷の顔は、とても青ざめていた。
見郷の右手には、刃渡り十センチほどのナイフが握られている。左の手首には深い切り傷があり、そこから大量の血が溢れている。
見郷の左手首から大量に溢れる血を見て、鵜飼は吐き気がするほどギョッとしていた。