【24話】 僕は間違ってないよね?
鵜飼は全力疾走で映画館に戻った。ポスターの前では、マスクをした見郷が腕を組み、目元を険しくして待っていた。
「ご、ゴメン! ちょっと話し込んじゃって!」
はあはあと息を切らしながら、鵜飼は見郷の前で中腰になった。
「私を待たせるとは良い度胸してるわね」
「ゴメン」鵜飼は身体を起こし、顔の前で手を合わせた。「このとおり、許して!」
「……謝り方が半世紀ほど古いんだけど」
「……ゴメン……」
しょんぼりとする鵜飼。見郷はマスクの奥でフッと吹き出した。
「まあいいわ。さっ、そろそろ上映時間だからスクリーンに行くわよ?」
「うん」
スクリーンはほとんどの席が埋まっていた。中央付近の、通路側の席が丁度二つ空いていたので、鵜飼は通路側、見郷はその左隣に座った。
「はぁ……多いわね……人……」
いつになく弱々しい声で言うと、見郷はマスクのズレを直した。その拍子に見郷は目をギュッと強く瞑った。
「……何してるの?」
「前の席」
目を瞑ったまま、見郷は囁き声で言った。
「……前の席が……どうかしたの?」
前の席では、男が今から観る映画のパンフレットを大きく開いて読んでいる。男が開いているページには、映画のワンシーンとみられる写真と説明文が載っている。
「ネタバレになるから視界に入れたくないの」
見郷はギュギュッと目を更に強く瞑る。
(そんなに楽しみにしてたんだ……)
ちょっとは可愛いところもあるじゃん、と心に秘め、鵜飼は後ろに深くもたれた。
間もなく証明が落ちて、スクリーンのカーテンが開いた。
その時、グスッ……グスッ……と、女性のすすり泣きが聞こえてきた。
「ね、ねえ見郷……どこからか女性の――」
隣に座る見郷が、マスクを外して泣いていた。
グスッ……グスッ……と、見郷は顔にハンカチを当てて泣いている。
その涙は、何が原因で、何に向けられているのかを、鵜飼は極めて早く理解していた。
「……見郷……もう……帰ろう……」
鵜飼が席を立つと、見郷も泣きながら立ち上がった。
映画館の外にあるベンチに、鵜飼たちは座った。依然として見郷は泣いており、顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
(見郷……)
顔にハンカチを当てて涙する見郷を、鵜飼は見ることができない。
(僕は……選んだんだ……)
そう心の中で言い聞かす鵜飼だったが、涙する見郷の姿を見て揺らいでいた。
穂苗に会うためなら誰かが悲しんでもいい……。
それは間違った選択なのではないかと……。
(違う……僕は……正しいと思った方を選んだんだ……)
選んだんだ! と、鵜飼は心の中で強く言い聞かせた。と同時、リーンゴーン……と、鐘の音が鳴り響いた。
とても重鎮な音で、機械では出せそうにない、本格的な鐘の音だ。
(鐘の音……?)
辺りを見渡した時、鵜飼はハッと息を飲んだ。
(ちょっと……。嘘でしょ……)
辺りがセピア色に染まっているのだ。
涙する見郷の姿、ベンチ、近くにある自販機等々、ありとあらゆるものの全てが、セピア色に染まっている。そしていつの間にか、辺りから人気が全く無くなっている。
(……夢の……バグだよね……これ……)
鵜飼は立ち上がった。見郷は涙で前が見えないのか、周りの変化に気付いていないらしく、ハンカチを当てて泣いている。
(ていうか、ちょっと待って……。見郷が居るってことは……)
そう、つまり、あの時の吉宗と同様に、見郷がこの夢に対応する自殺者と考えるのが自然。
恐る恐る見郷の心臓部を見てみると、セピア色の染まっていない黒塗りの棺桶(約二十センチほど)が貼り付いていた。
「~~っ!」
鵜飼は声にならない叫びを上げた。