【22話】 いつもの彼女のように見える
鵜飼が見郷に連れられたのは、映画館だった。日曜ということもあり、家族や恋人等の団体客で賑わっている。
「……ねえ、何で急に映画館なの?」
問うた鵜飼だったが、見郷は何も答えず、ポケットからマスクを取り出して装着した。
「あの、シカトしないでくれるかな……。僕たち、何で映画館に来てるの?」
「……こうも人が多いと花粉とか雑菌とかヤバそうね……」
見郷は鵜飼の問いに答えず、マスクを目下まで深く装着する。
「ねえ、地味に傷付くからシカトしないでくれるかな……」
「はいはい、済んだら話すから。並ぶわよ」
見郷はチケット売り場を指差した。横に立ち並ぶチケット売り場は、何処も行列だ。
見郷はスタスタと、比較的に短めの行列に並びに行った。
「……見郷……ホントに大丈夫なのかな……」
呟いてから、鵜飼は見郷と一緒に列に並んだ。
「ねえ、もしかして、一緒に映画観ようってこと?」
「さあね……」
見郷は腕を組んで鵜飼とは真逆の方を見、『もう何も訊くな』という雰囲気を醸し出す。
(……こう見るといつもの見郷だけど……)
その後、チケット売り場の窓口に着くまで、一言も言葉を交わすことはなかった。
窓口の女性は満面の笑みを咲かせることで、鵜飼たちにチケットの注文を促す。
「少し待って下さい」窓口の女性に言うと、見郷はポケットから学生証を出した。「ほら、鵜飼も学生証出して」
「あ、うん……」
ワケの解らぬまま、鵜飼は窓口の女性に学生証を見せ示した。窓口の女性は笑顔で頷くことで、学生であることを認識した様子を見せた。
「あと、こいつ彼氏です」見郷は鵜飼を指差して堂々と言った。「それ踏まえた上で『ゼツこわ』のチケットを高校生二枚」
「『ゼツこわ』二枚ですね、かしこまりました」
女性は慣れた手つきで機械を操作してチケットを発券した。
「『ゼツこわ』二枚です」女性は窓口の中から、こちら側にチケットを差しだした。「学割と恋人割で、二枚で一六〇〇円です」
「はいはーい」
と見郷が財布を出したところで、鵜飼は色々なことに気付いた。
「ねえ見郷、ちょっと待ってよ……」
「は? 何よ?」
見郷は攻撃的な鼻声で言いながら、八〇〇円を置いた。
「……一応、一応だけど、どういうことか説明してくれない?」
「だから、今日は日曜日でしょ? それでまず四〇〇円引き。更に高校生は一般料金から三〇〇円引きでしょ? そして更に恋人割で三〇〇円引かれたってワケ」
「やっぱり……。僕、利用されたってことだね……」
「まあいいでしょ? 何事も経験よ」
「言ってることメチャクチャだよ……」
鵜飼は渋々八〇〇円を置き、チケットを受け取って売り場を離れた。見郷はそのままスタスタと、鵜飼を置いて何処かに向かって歩いていった。
「ちょ、ちょっと見郷、何処行くの?」
見郷は何も答えず歩いていく。
「……何だかな……」
鵜飼は小走りで見郷の後を追った。見郷が足を止めたのは、映画のポスターが横一列に貼られた壁。見郷は映画のポスターを端から順に拝見し、途中、ある映画のポスターの前で立ち止まった。
「ふーん、雰囲気出てるじゃない」
見郷はポスターの真正面で腕を組んだ。
「もしかして今から観る『ゼツこわ』とかいう映画のポスター?」
「ええ、そうよ」
見郷は鵜飼にも見えるよう、ポスターの真正面から少し移動した。
「鵜飼にはちょっと怖いかもね」
「え? どういうこと?」
すると見郷は映画のポスターに目をやったので、つられて鵜飼もポスターを見た。
ポスターの下の方には『最恐! 心臓の弱い方は閲覧注意!』と赤字で書かれており、ど真ん中には、胸元まで伸びた長い前髪で顔を隠した女性の写真がドデカく載っている。
(へえ、凄い迫力……)
よくよく見ると、女性が胸元まで垂らした前髪には小さな隙間があり、その隙間の奥には禍々しい目が光っている。その目と目が合い、鵜飼は思わず後退りをした。
「どうしたの鵜飼? まさか怖じ気ついた?」
「べ、別に、ポスターなんかで驚かないよ。それに、あんまり怖くなさそう……かな?」
「へえ、なかなか度胸あるじゃない」
見郷は感心するように二、三度頷いた。その時、
「鵜飼、か?」
突然そう声をかけてきたのは、藤井一輝であった。紫色のTシャツの上に白シャツを羽織り、下にはデニムといったラフな格好。
気まずく、鵜飼は藤井ときちんと目を合わすことができなかった。見郷は藤井を確認すると、プイッと映画のポスターの方を向いた。
「……何か用?」
鵜飼が素っ気なく問うと、藤井は見郷を視線で指した。
「どうなっている?」
「藤井には関係無いよ……」
鵜飼は藤井から大っぴらに顔を背けた。すると、藤井はスマホを出して高速でタップし始めた。間もなく、鵜飼のスマホが振動。藤井はスマホをポケットにしまいながら去っていった。
(……藤井、もしかして……)
スマホを確認してみると、藤井からメッセージが届いていた。
《ここでは話しにくい。外に来い。逃げるなよ?》
最後の一文がカッときて、鵜飼は勢い良くスマホをしまった。
「見郷、ちょっと外に行ってるから」
見郷はポスターの方を向いたまま、手をブラブラ振って『行け』と促した。