【17話】不気味なご機嫌
ゆっくりと目を見開くと、薄暗い天井が見えた。
薄暗い部屋の中、鵜飼は静かに半身を起こした。カーテンの隙間からは、眩い朝日が溢れてきている。
ボーッとする頭を掻いた拍子、目覚まし時計が目に入った。時刻は七時を回ったところ。
いつもなら七時になった途端、ジリリと泣きわめくが、今日は大人しい。夢を配慮して、鵜飼が大人しくするように仕向けたのだ。
「……今日、土曜日だよね……」
休みの土曜日でも、鵜飼には早起きしなければならない理由がある。鵜飼は洗面所で顔を洗ってスッキリした後、勉強机に座り、遺影を立てた。
遺影には、たれ目でおっとりとした感じの顔立ちをした、セミロングヘアの女子中学生。
鵜飼の妹、鵜飼穂苗の遺影だ。
「穂苗、もうすぐだから待ってて……」
鵜飼は手を合わせて目を閉じ、穂苗の遺影に向かって『蘇り』を強く念じた。
祈りを始めて、もうすぐ一年。
一分、二分、そして三分が経過したところで、鵜飼は目を開けた。
その時だった。
『ピンポーン』
インターホンのチャイムが鳴り響いた。
このマンションはオートロック式で、エントランスからのチャイムと、玄関からのチャイムの音が少し異なる。
今鳴り響いているのは、玄関からのチャイムだ。
「誰だろう、こんな時間に……」
鵜飼は遺影を片付け、ラフな寝間着のまま玄関に向かった。
開けた扉の先で待っていたのは、神崎チカであった。今日も制服姿で、跳ね上がったボーイッシュな髪型も健在。
「あ、神崎……おはよう……」
「おはようございます、鵜飼さん」
神崎は満面の笑みを咲かせた。部屋の中を見られるのが恥ずかしかったので、鵜飼は外に出て、ドアを背中からもたれることで閉めた。
「今日も良い天気ですね」
弾んだ声で言うと、神崎は空の方に視線をやった。つられて見ると、雲一つ無い青空がそこにあった。
「個人的には、曇り空の方が好きですけどね」神崎は声をとても弾ませている。
「あ、うん……」
いつも以上に活き活きとする神崎に気圧され、鵜飼は薄い返事しかできずにいた。
「鵜飼さん、どうされました? 元気が無いですよ?」
「えっと……神崎がご機嫌だから、ちょっと驚いて……」
「ふふ。やはりそう見えますか? だって今日は、私にとっても、あなたにとっても朗報がありますので」
「……え? どういうこと?」
神崎はクスッとご機嫌に笑った。
「神田ヨネの無事が確認されたんですよ、つい先ほど」
その意味を、鵜飼はワンテンポ遅れて掴んだ。
「それって、もしかして……」
神崎は、ゆっくりと、深く頷いた。
「お察しの通り、『誘拐犯の核』は消え、鵜飼穂苗の蘇りが近づいたということです」
鵜飼の脳に、ジワッと歓喜の汁が滲んだ。その溢れ出す喜びを、鵜飼は拳を強く握ることで抑えた。
「……良かった!」
だが抑えきれず、鵜飼は声に出していた。それを祝福するよう、神崎は微笑む。
「あ、でも、何で神崎にも朗報なの?」
「この前話した通り、私たちの目的は『誘拐犯の核』を絶滅させることですからね。一つ消せただけでも嬉しいのですよ」
「……そっか……」
穂苗のことばかり考え過ぎて、うっかりそのことを忘れていた。
するとここで、ピリリリリ! と神崎のスマホが鳴った。神崎はポケットに素早く手を突っ込み、通話を始める。
「――私です。――はい。――はい」
はい、と三度目の返事をしたところで、神崎はニタッと口元を緩ませた。
「――分かりました。――ええ、計画に変更はありません。――大丈夫です、そんなヘマはさせませんから。――ええ、それでは」
通話を切ると、神崎は天を仰ぎ、大きく息を吐いた。
「あとはあなただけです……」
天に向かって呟くと、神崎はスマホをポケットにしまった。そして鵜飼の方を向くと、神崎は微笑みの表情に切り替えた。