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夢の中の誘拐事件  作者: 灰色坊や
第2章∶蘇りの代償
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【16話】 覚醒する本能


 鵜飼うかいは振り向き様にバックステップで誘拐犯から距離を取りつつ、合図を唱える。


「【トムとナンシー】」


 鵜飼の前方に、外国人の若い男女二人組が召喚された。


 二人とも金髪で、綺麗に整った色白の顔に、瞳は緑色。英語の教科書の、会話文でよく出てくる男女二人がモチーフとなっている。彼らが上下緑のジャージ姿なのはご愛敬。


 鵜飼は二人に棺桶を挟むようにして立たせ、武器は装備させずに棺桶の防衛に徹するように命令しておいた。


「【トムとナンシー】……これが鵜飼クンの召喚ですか」


 二階堂にかいどうはいつの間にか客席に座っており、観戦モードに入っていた。


「ちょ、ちょっと二階堂さん?」


「大丈夫です! いざとなったら助けるんで、頑張って下さい!」


 二階堂はグッと親指を立てた。

 大丈夫かなぁ、と鵜飼は呟き、誘拐犯の方に身構える。


(ここからどうするか、だけど……)


 鵜飼がプランを立てようとしたその時、誘拐犯は客席の方に飛び移った。何をするのかと思いきや、誘拐犯は客席で陸上選手のようにスターティングポーズをとった。


「……何して――」


 刹那、ギュオン! という低くて不快な音と共に、前方から強い風が瞬間的に吹いてきた。


 一体何が? と強い風によろめいている時、鵜飼はまず、誘拐犯の姿が消えていること。

 次に、前方のロープの真ん中が焼きちぎられていることを目にしていた。


「……え?」


 焼きちぎられたロープの、向かい側のロープも同じように焼きちぎられている。

 誘拐犯はというと、先ほどスターティングポーズを取っていた客席の、向かい側の客席に立っている。そして黒塗りの棺桶の近くでは、トムとナンシーが無残に倒れ込んでいる。


 それらの状況から、誘拐犯が客席から向かい側の客席へと凄まじいスピードで移動しつつ、その勢いが乗った攻撃をトムとナンシーに放ったことが鵜飼にでも分かった。


「大丈夫? トム、ナンシー!」


 鵜飼が歩み寄ろうとした時、トムとナンシーは白煙はくえんとなって消滅してしまった。


「……くっ……」


 これでもう、トムとナンシーを召喚することはできない。何故なら『人体の再生』となってしまうから。


 鵜飼が棺桶の前まで守りに行くと、誘拐犯は客席で再び陸上選手のようにスターティングポーズを取った。

 確実に、鵜飼をめがけている。


(集中……集中……僕には見えるはずだよ……)


 誘拐犯は攻撃を仕掛けんと、グイグイと力を溜めている。


(よく見るんだ。夢だから見える、何でも見えるはずだよ……)


 誘拐犯は更にグイグイ力を溜めた。

 と、ほぼ同時、ギュオン! という低くて不快な音がした。

 その音を機に集中力が極限まで高まり、鵜飼は万物の動きがスローに見える世界に入った。


 いわば『ゾーン』状態。


 極度の集中状態に入ることで、物体の動きや人の動きがスローに見えたり、時には止まって見えたりするという、一流のアスリートがよく経験する世界だ。


 無論、現実での鵜飼ならその世界に入ることは出来ないだろうが、ここは手から炎を出すことが出来るような夢の中だ。

 一流のアスリートとは言え『普通の人間』がこなす芸当を出来ないはずがない。


 スローに見える世界の中で、誘拐犯が頭から突進してくる姿を鵜飼は見ていた。トムとナンシーはこれにやられたのかと、鵜飼はコンマ一秒以下の世界の中で思っていた。


 本当は『かわすだけ』と心に決めていたが、鵜飼の本能が心に反して『ここで誘拐犯を仕留める』という行動へと繋がるように体を反応させていた。


 その結果、頭から突進してくる誘拐犯に対し、鵜飼はすれ違い様に右手での掌底を放っていた。

 向こうの突進の威力に打ち勝てず、鵜飼の右腕が肩ごともがれた。


「勝負あり、ですね?」


 そう呟いたのは二階堂。


 彼女がいち早く、そう、誘拐犯より早く《《鵜飼の勝利》》を確信したらしい。


【ヒラケゴマ】の威力と、発動条件を知っている者が今の誘拐犯を見れば、鵜飼の勝利は一目瞭然だろう。


 客席に立つ誘拐犯の頭の先には今、鵜飼の右腕が、手のひらを接着面とした状態でくっ付いているのだ。

 あの時、鵜飼は掌底で攻撃を仕掛けにいったのではなく、右腕を誘拐犯の頭にくっ付けにいったのである。


「僕の勝ちだよ。【ヒラケゴマ】」


 誘拐犯の頭の先に付いた鵜飼の右手から、ゴウッと、頭の先からつま先へと流れるように炎が放たれた。

 誘拐犯は炎と共に白い煙となって消滅。周りの客席はメラメラと燃え盛り、近くに落ちた鵜飼の右腕は焼き尽くされた。


「す、凄いです! やるじゃないですか、鵜飼クン!」


 二階堂は、素早い拍手をしながらリングに上がった。


「正直危なかったよ……。二階堂さんのサポートが無かったら負けてたでしょ?」


 精神的な疲れが一気にきて、鵜飼は脱力した。


「今日のは私が闘ってきた誘拐犯の中でも、三番目に強いほどだったかもです!」


「そんなに? どうりで強かったわけだよ……」


 鵜飼はその場に座り込んた。


「只者じゃないですね、鵜飼クンは」


 二階堂は鵜飼に合わせてしゃがみ、左手を挙げてハイタッチを促してきた。


「妹さんの蘇りに、一歩前進です」


「……あ、うん……」


 ハイタッチをした瞬間、鵜飼の視界がプツンと暗転した。


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