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夢の中の誘拐事件  作者: 灰色坊や
第2章∶蘇りの代償
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【15話】敵の速さを見切れ


 気付けば、鵜飼うかいはボクシングリングの上に立っていた。天井にある沢山の照明がリングを照らしており、集約された光を、白いマットが強く反射している。


 リングはとても広いホールの中心にあり、階段状の客席がリングを囲っている。テレビで観る満席の賑わいしか知らない鵜飼にとっては、この静けさが不気味であった。


「日本武道館でしょうか?」


 背後からの二階堂にかいどうの声が、鵜飼の不意を打った。

 鵜飼が振り向いた先で、二階堂はリングのローブにもたれ掛かっていた。彼女の銀縁の眼鏡が、白い光を反射している。


神田かんだヨネって人は、日本武道館でのボクシングの試合に思い入れがあるようですね」


「……思い入れとかって関係あるの?」


 二階堂は頷いて、


「行き着く場所は、自殺者に関連する場所なんですよ」


 そして、と繋げながら、二階堂はリングの中央を指差した。


「私たちが守る黒塗りの棺桶は、必ずしも誘拐犯の近くにあるワケじゃないんです」


 二階堂に指摘されて、鵜飼はようやくリングの中央に置かれた黒塗りの棺桶に気付いた。


 鵜飼は棺桶を見ながら後ろ歩きで、二階堂のすぐ隣にもたれに行った。もたれた瞬間、ロープが想像以上に硬いことを知った。


「あの棺桶に誘拐された人の魂があるって聞いたけど?」


「はい。正確には自殺者の、自殺じさつ思念しねんを打ち払う力です。それが打ち砕かれると、現実に居る本体が自殺します」


 鵜飼は拳を口に当てて知識に刻んだ。


「鵜飼クン、そろそろ戦闘開始しましょう」二階堂はリングから客席を見渡した。「誘拐犯は、あそこですね」


 二階堂の視線を辿ると、その先の、客席の最奥で仁王立ちする誘拐犯の姿があった。

 誘拐犯を見つめる鵜飼の横で、二階堂は首を回したり屈伸やらをしてウォーミングアップをする。


「なるべくサポートするので、鵜飼クンが思うまま、自由に倒してみて下さい」


 二階堂は、ウォーミングアップを終えた拍子に言った。


「……え? 僕が倒すの?」


「はい。この夢に対応する救出者にしか誘拐犯にトドメをさせないんです。ある程度のダメージなら私のような部外者にでも与えることができますけどね」


「そうなんだ……」


 またも聞いた新情報を、鵜飼はきっちりと脳に刻んでおいた。


「じゃあ鵜飼クン、準備はいいですか?」


「……うん、大丈夫……」


 すると二階堂は空間から手裏剣を具現化し、それを誘拐犯に投げつけた。


 誘拐犯はぬるりと動きだし、手裏剣を手で弾き飛ばした。


 直後、誘拐犯はキュン! というジェット機が前を通り過ぎる時のような、甲高い音と共に姿を消した。


「……消えた?」


 鵜飼がキョロキョロ見渡していると、


「鵜飼クン、右!」


 二階堂が叫んだ。鵜飼が右を向くと、すぐそこで誘拐犯がこちらを向いて立っていた。


「ヒラ……【ヒラケゴマ】」


 鵜飼の右手から、誘拐犯をめがけて炎が放出された。

 誘拐犯はキュン! というジェット機が前を通り過ぎる時のような、甲高い音と共に姿を消した。


 鵜飼が放出した炎はロープに直撃。ロープは焼き尽くされることなく、無傷状態を維持していた。どうやらロープにはそういった性質があるようだ。


「鵜飼クン、ボーッとしちゃ駄目です! 今度は中央!」


 ハッとリングの中央を見ると、誘拐犯が棺桶に合わせてしゃがんでおり、今正に手刀で棺桶を貫かんとしているところだった。


 鵜飼の対応が間に合わないと判断したのか、二階堂は強烈な回し蹴りで誘拐犯を客席の方に吹き飛ばした。


 吹き飛ばされた誘拐犯は、空中でクルリと回って体勢を整えて、そのまま客席に舞い降りた。


「鵜飼クン! 戦闘中にボーッとしちゃ駄目ですよ!」


「あ、いや……違――」


 鵜飼はボーッとしていたのではなく、今回の戦闘スピードに全く追いつけていないのだ。そのため鵜飼が一瞬と知覚して作っていた隙が、二階堂にとってはボーッとしていたと映ったのだろう。


 鵜飼が色々考えて本当にボーッとしていると、キュン! という甲高い音がした。誘拐犯が移動した、ということだけ、鵜飼は辛うじて分かっていた。


 気付けば、誘拐犯は鵜飼と二階堂の距離を半々する場所に立っていた、

 鵜飼が動けずにいると、二階堂はスーツを捲り上げる勢いでマットを殴りつけた。


「次は勘でもいいから見切って下さい!」


 二階堂がマットを殴りつけたと同時、誘拐犯の足下が広範囲に渡って紅い光を放った。誘拐犯はそこから逃げるようにキュン! と姿を消した。


 直後、光を放った範囲のマットから、極太の炎が螺旋状に舞い上がった。舞い上がった炎は一瞬にして消え、マットは無傷。


「鵜飼クン、左コーナーだよ!」二階堂は眼鏡のズレを素早く直した。「今度は『夢だから何でも見える』って思い込んで下さい!」


「あ、うん! やってみる!」


 二階堂が言った通り、誘拐犯はここから見て左のコーナーに移動していた。鵜飼は振り向き様に誘拐犯に右手を向ける。


「【ヒラケゴマ】」


 鵜飼はかわされることを前提として放っていた。そう、誘拐犯の素早い動きを見定めるための攻撃である。


(夢だから何でも見える……そう思い込むんだ……)


 右手から豪快に放出された炎を、誘拐犯はキュン! とかわす。

 問題は素早い動きを見定められたかどうかだが……、


(……右?)


 右の方に向かう誘拐犯の影が見えた、程度であった。自分を信じて素早く右を見ると、誘拐犯はここから見て右のコーナーに移動していた。

 鵜飼は振り向き様に【ヒラケゴマ】を放つ。キュン! と炎をかわされたが、今度は完全に見切り、誘拐犯が背後に回り込んだことを鵜飼は知覚していた。


(……見切った)


 これで鵜飼の目はもう誘拐犯の素早い動きに慣れて、完璧に見切れる状態になった。


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