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夢の中の誘拐事件  作者: 灰色坊や
第2章∶蘇りの代償
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【14話】 それでも誘拐される


 気付けば、鵜飼うかいは誰も居ない教室で着席していた。


 シンと静まり返った教室は、約一ヶ月前から通い始めた高校の教室。着ている制服も、通う高校のものだ。


 教室の黒板には、赤いチョークでこう書かれていた。


吉池よしいけ五郎ごろうと、神田かんだヨネと、見郷みごう吉宗よしむねが誘拐された』


 見郷吉宗の名前を見て、鵜飼は思わず立ち上がった。


「そんな……」


 鵜飼が立ち尽くしていると、教室のドアが開かれた。


 入ってきたのは二階堂にかいどう優奈ゆうな。腰まで伸びたポニーテールに、スーツ姿は現実と変わらず。夢の中でも銀縁眼鏡を掛けている。


「鵜飼クン、こんばんわ」


 挨拶をする二階堂に鵜飼は何も返せず、立ち尽くすことしかできずにいた。


「あ、あの、鵜飼クン?」


「見郷吉宗は助けたのに……」


 鵜飼がそう口を開くと、二階堂は黒板の名前を見た。

 すると二階堂は、「やっぱり」と言葉を漏らした。


「夢のバグで助けても、自殺じさつ思念しねん(自殺する気持ち)を撲滅することはできないんです」


「ど、どういうこと?」


 鵜飼は勢い良く二階堂の顔を見た。


「まず、本来の夢で助けた自殺者には、もう二度と自殺思念が芽生えないんだけど……。夢のバグで助けた場合、自殺思念が再び芽生えることがあるんです……」


「……え?」


「勿論、自殺思念が再び芽生えずに一生を終える人も……。でも、見郷吉宗さんは何らかの原因で再び自殺思念を抱いちゃったんだと思います……。だからそのまま鵜飼さんの夢で誘拐されたんだと思います……」


「そんな……。じゃあ何であの時に言ってくれなかったの?」


「ごめんなさい……。理由は解らないけど、神崎かんざきさんに、そのことは言わないように口止めされてて……」


 二階堂の、あの時の曇った表情はそのためか。


「……ねえ、見郷吉宗の救出に向かっちゃ駄目かな?」


「だ、駄目ですよ! 神田ヨネさんを救出しないと、妹さんが蘇らなくなります!」


「じゃあどうすれば……」


 鵜飼はギュッと拳を握った。


 夢なのに、拳に嫌な汗が滲む。


「鵜飼クン、我慢しなきゃ駄目です……」


 二階堂は静かにそう言った。


「我慢って……友達の親を見殺しにしろって言うの?」


「じゃあ訊くけど、妹さんは蘇らなくていいんですか?」


 二階堂は鵜飼としっかりと目を合わせた。

 言い返せず、鵜飼は黙る他無かった。


「鵜飼クンの気持ち、痛いほど分かる……。私も厚生労働省に入る前までに、何度もそういうことやってきたから分かるの……」


「……二階堂さんも?」


 二階堂は静かに頷いた。


「私にも鵜飼クンぐらいの弟が居たんだけど、自殺しちゃったの……。弟の自殺がきっかけで両親が離婚して、私も精神的に追いやられたりで、死んだように生きてました……」


 僕と同じだ……と、鵜飼は心の中で呟いた。


「でもそんなとき、神崎さんが私の前に現れました。『弟を蘇らせたくないか?』って。はじめは全く信じられませんでしたけど」


 うん、と鵜飼は静かに頷くことで、二階堂に続きを促した。


「厚生労働省に居る、()()()()()()()()()()()()()()()を直に聞いて、初めて思ったの。本当に蘇るんだなぁって……」


 二階堂は中指で眼鏡を押し上げることで、独特の間を空けた。


「それから私は何度も神崎さんの指示通り、『誘拐犯の核』を消すために自殺者の救出に明け暮れました。


 救出者になった後にできた友達が夢の中で誘拐されても、弟の蘇りを優先して、他の人の救出を何度もしました……。『誘拐犯の核』を消すために、ね……。


 はじめは食べ物が喉を通さなかったときもあったけど、どんどんそういうのに慣れちゃって……。気付けば『まあいっか』って軽く考えるようになってました」


 二階堂は、物憂げな笑みを挟んだ。


「鵜飼クンも、私のようになれとは言わないけど、我慢しなきゃ。だって会いたいんですよね? 妹さんに……」


「……うん……会いたい……」


「だったら選ばなきゃ駄目です、自分の気持ちを……。それが本当に正しい選択かどうかは分からないけど……」


「自分の気持ちを……選ぶ……」


 鵜飼は右手人差し指に巻かれたテープを見た。


「……そうだね……」


 うん、と鵜飼は強く頷き、二階堂としっかりと目を合わせた。


「僕、行くよ……。神田ヨネの救出に……」


「……大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫。自分の気持ちを選んだんだ」


 二階堂は、何度も静かに頷いた。


「じゃあ二階堂さん、廊下に出て協力者を待とうよ」


「……はい!」


 鵜飼は二階堂と共に廊下に出た。


 間もなく、廊下の先から黒スーツを着た男が走ってきた。男は四十代ほどで、顎に不精ヒゲを生やした精悍な顔つき。


(吉宗さん……)


 そう、廊下の先から走ってきた協力者は、見郷吉宗の姿であった。


「ねえ、二階堂さん……。これって一体……」


「えっと、ゴメン……私も理由は分からない……」


 先ほどまで吉宗のことを考えていたため、反映されたのだろうか。


 そうこう考えていると、吉宗の姿をした協力者は無表情で鵜飼の真正面に立った。


「鵜飼くん……」二階堂は心配そうな表情だ。


「大丈夫……。もう、選んだから……」


 鵜飼はマニュアル通り、救出に向かう者の名を言う。


「……神田……ヨネ……」


 鵜飼がそう言った瞬間、


「ハイテンション! チュウテンション!」


 吉宗の姿をした協力者は無表情のまま、意味の解らぬことを叫んだ。そして吉宗の姿をした協力者は、鵜飼に右手を差し出す。


「……じゃあ鵜飼クン、握手して救出に向かって下さい。私も後を追うので」


「うん……」


 鵜飼は協力者と握手し、救出の意志を強く念じた。直後、鵜飼の視界は、電源コードを無理やり引き抜いたテレビ画面のようにプツンと暗転した。



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