【13話】 引っかかる二階堂
二階堂の車は白の軽自動車。車内には小物や飾り物が一切無くて綺麗。芳香剤は使われておらず、車内は女性独特の良い匂いが染みついている。
鵜飼は助手席に、藤井は後部座席に座った。
「鵜飼クンの趣味は何ですか?」
車が赤信号に差し掛かったところで、二階堂が口を開いた。
「僕の趣味? うーん、特に無いなぁ……。二階堂さんは?」
「私も無いです……」
二階堂は、しょんぼりとハンドルに向かってため息を吐いた。会話は途切れ、車内に気まずい空気が流れる。
「えっと、二階堂さんは休日は何してるの?」
「休日ですか……。趣味が無いから、特に何もしてないです……」
「だ、だよね」
途切れる会話。そんな中、後部座席からクックックッと藤井の笑い声が聞こえてきた。
「ちょっと藤井」鵜飼は肩越しに後部座席の方に振り向いて、「こっちは真面目に親交を深めようとしてるんだから、茶化さないでくれるかな」
「いや、まるでお見合いのようだと思って、つい」
クックと笑いながら、藤井は身体を前の座席に寄せた。
「鵜飼、会話が続かないのなら、あの夢について訊いてみたらどうだ?」
「あっ、そっか」
ここで信号は青に変わり、車は緩やかなスピードで発進された。それに合わせて藤井は後部座席へもたれる。
「二階堂さん。あの夢ってさ、バグみたいなものってない?」
「は、はい。私たちが『バグ』って呼んでる特殊な夢があります」
二階堂はハンドルを片手に、眼鏡を中指で押し上げた。
「細かいところは人によって違いますけど、誘拐犯が勝手に動いてることと、舞台がセピア色に染まることは共通してるらしいです」
車は右折し、鵜飼の身体が傾いた。
「入る条件とかは明確には解ってないけど、基本的なルールは、あの夢と同じです。誘拐犯を倒せば、自殺者は助かりますから……。救出に失敗しても成功しても、蘇りには関係しませんけど……」
へえ、と鵜飼、ふーん、と藤井、二つの声が重なった。
「あのさ、今日、その夢に入って見郷吉宗の救出に成功したんだけど……」
「……そうですか」
二階堂の反応は、何故か薄かった。
「だから僕が次に見る夢の中では、もう見郷吉宗は誘拐されないよね?」
「………………はい」
二階堂は、ハンドルをギュッと握りながら答えた。その表情は、何故か曇っていた。
(どうしたのかな、二階堂さん……)
二階堂の曇った横顔を見ていると、車が赤信号に差し掛かった。すると、藤井が前の座席に身体を寄せてきた。
「そういう話はここまでにした方がいいんじゃないか? このドライブの目的は、友達になることだろ?」
「よく言うよ……。さっきまでは茶化してたくせに……」
まあまあ、と藤井は鵜飼の肩を叩く。
「二階堂優奈さん、鵜飼とは友達になれそうかな?」
「今のところはちょっと……」二階堂はハンドルに向かってため息を吐いた。「で、でも、最終手段があるので大丈夫です!」
最終手段? と鵜飼と藤井は声を揃えた。
「はい。鵜飼クン、今からちょっと寄り道してもいいですか?」
「うん、いいけど……」
車は人気のない路地に入り、そこに停車した。
「ちょっと待ってて下さいね!」
二階堂は慌ただしく車を出て、何処かに去っていった。
「二階堂さんって変わってるよね。そこが可愛いとは思うけど」
「ほう。鵜飼にしては大胆な発言だな」
「あ、いや、その……騒がしいところが、どことなく穂苗に似てるっていうか……。性格は真逆だけどさ……」
「……そうだな……」
藤井は極めて小さな声で言った。直後、運転席に二階堂が戻ってきた。
「お待たせしました!」
はあはあと息を切らしながら、二階堂は鵜飼に缶を渡した。
「そのカフェオレを飲めば、私と鵜飼クンは友達です!」
「え、ええ? どういう理屈?」
「いいから飲みきって下さい! 何も考えずに!」
もの凄い気迫で迫られたので、鵜飼は首を縦に振らざるを得なかった。
缶をきちんと振ってから、鵜飼はカフェオレを飲んだ。一口目を飲んだ瞬間、自分のものでない、他の人の唾液のような味を感じた。
(……気のせいだよね……)
深く考えず、鵜飼はカフェオレを飲みきった。
「二階堂さん、おいしかったよ。ありがとう」
「はい……」
二階堂は何故か頬を赤らめ、鵜飼から顔を逸らした。それを横目に鵜飼は車から降り、近くのゴミ箱に缶を捨てた。
「お待たせ」鵜飼は助手席に戻り、シートベルトを着けた。「よく解らないけど、これで僕と二階堂さんは友達なの?」
「は、はい……。こ、これで鵜飼クンと私は友達です……」
赤い顔で言うと、二階堂は車を急発進させた。グオンと急発進されたことにより、鵜飼の腰が少し浮いた。
「こ、このまま二人の家まで送ります!」
二階堂は顔を赤くしたまま、車を大通りに進めた。
「二階堂さん、近くの駅でいいよ。駅から家まで近いし」
ね? と鵜飼が振り向き様に同意を求めると、藤井は深く頷いた。
「じゃ、じゃ、じゃあ、駅まで送ります!」
依然として二階堂の顔は赤い。駅に着いても、その顔が通常の色を取り戻すことはなかった。
「今日は、何だか楽しかったよ。ありがとう、二階堂さん」
「は、はい……」
二階堂は顔を伏せ、ハンドルをギュッと握った。
「俺も何気に楽しませてもらったよ、二階堂優奈さん。機会があればまた会おう」
それぞれ一礼してから車を出た。二階堂の車はすぐさま発進され、あっという間に姿が見えなくなった。
「彼女、様子がおかしかったな。ああいう人なのか?」
「うーん、僕も知り合ったばかりだから分からないけど、ああいう人だと思うよ」
「そうか……」
藤井の視線は、二階堂の車が走っていった方を向いている。
ずっとずっと先に居る二階堂に焦点が合っているのだろうと、鵜飼は不思議と感じ取っていた。
「似てるな、確かに……」
あの時のように、藤井は極めて小さな声で言ったのだった。