【11話】 自殺思念を打ち払った親子の絆
昼過ぎ。
病院の個室では、患者服を着させられた見郷吉宗が今も尚、ベッドの上で眠っている。
「疲れた……。ていうか、何で急に夢の中に入ったんだろう……」
鵜飼がぶつぶつ言っていると、突然、吉宗が目を開いた。
吉宗は頭を抱えながら、ゆっくりと身体を起こした。
鵜飼と目が合うと、吉宗は「あっ」と声を出した。
「吉宗さん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
吉宗は頭を抱えながら答えた。
「何とか無事らしいね……」
鵜飼はナースコールで吉宗が目覚めたことを伝えた。すぐに医者と看護師が駆けつけてき、吉宗に簡単な質問やら診察をした。
何も問題は無いらしいが、念のため後で精密検査をするとのことを伝え、医者と看護師は部屋を出て行った。
「ホントに無事で良かったよ……」
鵜飼が安堵の息を吐いたその時、個室のドアが勢い良く開かれた。
入ってきたのは、制服を着た女子。マスクを外していたため、見郷紫乃だと気付くのに鵜飼はワンテンポ遅れていた。
「お父さん!」
見郷が吉宗に駆け寄ったので、鵜飼はサッと離れておいた。
「大丈夫? どこか痛いとこは?」
見郷はベッドに身を乗り出し、吉宗の全身をペタペタと触った。
「はは……大丈夫だ。少し頭がボーッとしているがな」
「……良かった!」
見郷は吉宗の手をギュッと両手で握る。
「良かった……ホントに良かった……」
見郷は手を握り続け、吉宗は見郷の頭を優しく撫でた。鵜飼のことが見えていないように、親子はくっつき続ける。
「あー、えっと、その~、僕……居るんですけど……」
吉宗は鵜飼の存在を思い出してか、はにかんだ。見郷は素早く鵜飼の顔を見たが、吉宗の手をギュッと握ったまま硬直していた。
「や、やあ……」
鵜飼は軽く手を挙げた。見郷は、ここでようやく鵜飼という人物を認識したのか、吉宗から光速にも勝るほどの素早さで離れ、その速さで鵜飼の足を踏みに来た。
「な、なななななななな何で鵜飼がここに居るのよ!」
見郷は頬を赤らめ、鵜飼の足を踏む力をギューッと強めた。でもそこまで痛くない。
「あー、もう信じらんない!」
見郷は鵜飼から離れ、両手を頬に当てながら部屋をグルグル徘徊した。
「最悪だわ……あんなとこ見られるなんて、あー……もー……」
現実逃避するためか、見郷はその場にしゃがんで両手で顔を覆った。
「あ、その、誰にも言わないから、気にしないで」
「もー、うっさいわね!」見郷は顔を覆う両手の隙間から、鵜飼を睨み付けてきた。「いいから早く出てって!」
「はいはい、分かったよ……」
鵜飼が出て行こうとした時、
「鵜飼……といったか?」
吉宗が呼び止めてきた。振り向くと、吉宗は柔らかな笑みを咲かせていた。
「ありがとう」
吉宗は一礼した。
「吉宗さん、違うでしょ?」
鵜飼は、しゃがんでうずくまる吉宗の娘を指差した。それにつられて娘の姿を見た吉宗は、何かを諭すようにフッと笑った。
「お礼の方向はそっちでしょ?」
静かに言ってから、鵜飼は病室を出た。
病院の広間では藤井が出迎えていた。学校を抜け出してそのまま来たため、制服を着ている。相変わらず学ランの前ボタンが全開だ。
「大変だったな、鵜飼」
藤井は近くのソファーに座り、アイコンタクトで『隣に座れ』と鵜飼に促した。鵜飼は藤井の隣に座った。