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夢の中の誘拐事件  作者: 灰色坊や
第2章∶蘇りの代償
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【10話】 自分のためにも、家族のためにも生きろ!


「大丈夫……僕なら勝てる……。神崎かんざきから受けた戦闘訓練を思い出すんだ……」


 はあ、ふう、と呼吸を整えてから、鵜飼うかいは窓から身を乗り出し、そのまま車の屋根へよじ登った。


 そして鵜飼は夢の力を借りて空気抵抗等を無視し、後方を向きながらバランス良く車の屋根の上に立った。


 誘拐犯は、足を尋常ではないスピードで動かしながら車を追っている。その右手には拳銃が握られている。


「……僕が相手だ!」


 鵜飼は誘拐犯に向かって右手をかざした。


「【ヒラケゴマ】」


 ゴゥッ! とセピア色に染まった炎が、勢い良く誘拐犯に向かった。ところが誘拐犯は超スピードで走りながらも、ヒョイッと横にラインをズラすことで炎をよけた。


「【トムとナンシー】」


 鵜飼の両隣に外国人の若い男女二人組が登場。二人の肌、髪、瞳、上下に着たジャージの全てがセピア色に染まっている。


「トム、ナンシー、あいつを足止めして! その隙に僕が攻撃するから!」


 トムとナンシーは頷いてから、車の屋根から道路に飛び降りた。


 そのまま戦闘開始……かと思いきや、誘拐犯はトムとナンシーを無視して、超スピードで車を追い続けた。

 誘拐犯の超スピードにトムとナンシーはついてこれず、道路に置いてけぼりになってしまった。


「ちょっ、嘘でしょ!」


 もうトムとナンシーの姿は見えないほど遠のいている。鵜飼が動揺していると、その隙に誘拐犯が拳銃で撃ってきた。


 放たれた拳銃の弾は、鵜飼ではなく、車のタイヤに命中。車はギュルギュルと音を鳴らしてスリップし、そのまま停車した。


 車が激しく動いても、鵜飼は夢の力を使うことで屋根の上でバランスを崩さずにいられた。


「……まずい……」


 鵜飼は車の屋根から運転席側へ降り立った。


吉宗よしむねさん、大丈夫ですか?」


 吉宗は何も言わず、手のひらを向けることで『大丈夫』というアピールした。


 鵜飼は吉宗を車から降ろさせ、そのまま逃げるよう指示したが、直後にダン! と銃声が鳴り響いた。


 弾は吉宗の右肩に被弾。夢だからなのか、スーツに穴が空いているだけで、血は出ていない。痛みがあるかどうかは吉宗にしか分からない。


(くそ……)


 鵜飼は反転して、誘拐犯を迎え撃とうと身構えた。

 誘拐犯は拳銃を手に持ち、ゆったりとしたスピードで、着実にこちらへ向かってくる。

 あと、十五メートルほど。


「もう……いい……」


 突然、吉宗は弱々しく呟き、車の側に座り込んでしまった。



「もう……疲れた……」


 吉宗よしむねは力無く言った。


「な、何言ってるの! 早く逃げてよ!」


 十メートル、九メートル……誘拐犯は拳銃に弾を装填しつつ、ゆっくりと近づいてくる。


「もう、いいんだよ……。君の言うとおり、私は死ぬつもりだ……。それに見ろ……奴は殺す気満々じゃないか……」


 八メートル、七メートル……誘拐犯の拳銃に、弾の装填が完了。


「キミもニュースで見ただろう? 私はもう、政治家として終わりだ……」


 吉宗が言っているのは、自身が賄賂を受け取った疑いをかけられた件だろう。


「でもそれは……本当はやってないんじゃないの?」


「……確かに私はやっていない……。だが……そんなことを聞き入れてくれる人などもう居ないんだ……」


 六メートル付近に来たところで、誘拐犯は足を止めた。


「……政治家は一度でも悪いイメージがついたら……信頼を失ったら……もう仕事ができない……。例えそれが事実でなくても……」


 誘拐犯は銃口を吉宗に向ける。


「だからって死ぬことないでしょ!」


「君には分かるまい、自殺する人の気持ちなど」


「そんなの……。そんなの……分からないけど……。分からないけど……」


 誘拐犯は、拳銃の引き金に指をかける。


(恐いけど、吉宗さんを守らなきゃ……。大丈夫……夢だから、撃たれても大丈夫……)


 鵜飼は両手を広げ、吉宗の前に立った。直後、誘拐犯は引き金を引いた。


 計六発の銃弾は鵜飼の心臓部、肝臓部、両腕、両足の順にヒット。

 全く痛みは無く、先ほどの吉宗のように制服に穴が空くことはなかった。


 代わりに、被弾した全ての箇所に『×』という謎の刻印がされた。セピア色に染まっているため『×』という刻印の色はハッキリ判別できない。


(何でさっきみたいに服に穴が空かないんだ……? それに、この刻印は一体……)


 今のところ、特に害は感じられない。


(――って、そんなこと考えてる暇なんてない……。この状況を何とかしないと……)


 打開策が見つかるまで、このままずっと同じパターンで凌ごう。そうプランした鵜飼だったが、更なる六発を浴びたとき、そんな悠長なことをしていられないことが判明した。


(……この刻印って……)


 銃弾を一発浴びる度に『×』という謎の刻印がされる。その刻印が増える度に、鵜飼の身体は透明になり始めていた。


 今現在は半透明。おそらくこのまま銃弾を浴び続けると、最終的には消えてしまうのだろう。


(……そうか……。僕の制服に穴が空いてないのは、弾の種類を変えたからなんだ……)


 吉宗を狙う際は『黒塗りの棺桶の破壊』に適した物理的な弾。


 鵜飼にはそういった攻撃を与えても意味が無いので『邪魔な存在を消し去る』ことを目的とした特殊な弾をと、誘拐犯は使い分けているのだろう。


「もういい……もういいんだ……」


 ダン! ダン! と撃たれ、鵜飼の両手に『×』の刻印がされる。連動して、鵜飼の身体は透明に近づく。


「……もう……いいんだ……。私が死んだところで、誰も悲しまない……。むしろ喜ぶ者ばかりだ……」


「だったら尚更、死んだら悔しいじゃん!」


 ダン! ダン! と撃たれ、鵜飼の身体はガラスほどの透明度に到達。


「大体、あなたの家族はどうなの? あなたが死んだら悲しむんじゃないの?」


「……家族?」


 吉宗がそう呟いた瞬間、誘拐犯は撃つのを止めた。そして誘拐犯は拳銃を落とし、両手で頭を抱えてそのまま地面に両膝を着けた。


「家族……家族……」


 吉宗が繰り返す度、誘拐犯は苦しそうに頭を抱える。


「……僕には自殺する人の気持ちなんて分からないよ……。けど――」


 ずっと思っていた。


 穂苗ほなえは、残される人のことを考えずに自殺する人間じゃないと。


 どんな理由があったとしても、穂苗は自殺しない……。


「これだけは言える……。自分が居なくなって悲しむ人の存在を考えない人に……。悲しんでくれる人の存在を考えない人に……自ら死ぬ権利なんて無いよ!」


 あの優しい穂苗が、残されて悲しみに包まれる家族や友人のことを考えずに自殺するなんてこと、考えられない。


 だが穂苗が自殺した事実に変わりはない。


 穂苗が自殺した『原因』を、蘇った穂苗に問うつもりは鵜飼には無い。


 蘇りに向かって進んでいる内に、その『原因』を知ることが出来る。そんな気がしてならないからだ。


「そうだ……俺には……家族が……居る……」


 家族……家族……と呟く吉宗。誘拐犯は、更に苦しそうに頭を抱える。


「その家族に会ってから考えれば? 死ぬとかどうとか、考えてた自分がバカらしくなると思うよ、きっと……」


 鵜飼は、苦しそうに頭を抱える誘拐犯に向かって右手をかざした。


 瞬間、誘拐犯は頭を抱えながらも、鵜飼を指差した。同時に鵜飼の右手首の付け根から先が綺麗に滅される。


「……しまった!」


 と、ここで、誘拐犯の後方から、猛スピードでこちらに走ってくるトムとナンシーの姿が。


 トムとナンシーは誘拐犯の背後で立ち止まり、二人同時に誘拐犯に向かって右手をかざした。


「そのままやって! トム、ナンシー!」


 鵜飼の号令の直後、トムとナンシーの右手からゴウッとセピア色に染まった炎が放出され、誘拐犯が滅された。

 しばらくすると、謎の力が働いて、鵜飼のまぶたが閉ざされた。


 ゆっくりと目を開くと、鵜飼は車の横に座っていた。車に沿って立ち上がると、運転席では吉宗がハンドルにうなだれて目を瞑っていた。


「ちょ、ちょっと! 大丈夫ですか?」


 鵜飼は窓から身を乗り出して、吉宗の身体をゆすった。息はあるようだが……。


「は、早く呼ばなきゃ……」


 鵜飼は人生初の『119』をダイヤルした。


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