【8話】 現実世界で誘拐犯と遭遇?
「……なにやってんだろ、僕……」
ゼエぜエ息を切らしながら歩いていると……。道端に止められた黒い普通車が目に入った。
左右のハザードを点滅させたその車は、先ほど見郷が下りた車に似ている。
運転席には、黒のスーツを着た四十代くらいの男が、ふんぞり返るようにして座っている。
顎に不精ヒゲを生やした精悍な顔つきのその男は、政治家で見郷紫乃の父親……見郷吉宗であった。
「――って、嘘っ?」
鵜飼は車のもとへかけだした。鵜飼が車まで行き着いた時、見郷吉宗はビクッと体を起こしてドアの窓を開けた。
「突然何だおまえは?」
吉宗は怪訝に顔を歪めた。それにより、彼の精悍な顔つきが際立った。
「あ、えっと、見郷吉宗さん……ですよね?」
「そうだが……」吉宗は無精ヒゲが生えた顎を擦りながら、鵜飼の全身を眺めた。「おまえは何なんだ。……この辺の学生か?」
「あ、はい……。それで、その……えーっと……どう言えばいいのか……」
事情を上手く説明しようとした鵜飼だったが、無理な話であった。
なのでもう、単刀直入に訊く他無い。
「あの……見郷吉宗さん……」鵜飼はドアから車内に身を乗り出して、「あなたもしかして、近い内に自殺しようとしてるんじゃないですか?」
吉宗はハッと目を見開けた。その反応は、図星をつかれたことを示唆していた。
「デタラメを言うな!」
吉宗は叫び、鵜飼を追い払うように激しく手を振った。
その手は鵜飼の右腕をチッと擦った。
瞬間、鵜飼の後頭部に、ガン! とハンマーで叩かれたような強い衝撃がきた。
(うっ……!)
鵜飼は堪らず、車のドアに沿いながら、地面に倒れ込んでしまった。
「な……に……今の……」
吉宗の仕業ではないことは確かだ。
彼の手は激しく振られたが、鵜飼の右腕をかすっただけ……。
後頭部をハンマーでド突かれたような衝撃が走ったのが、ただただ謎だった。
(何だ……今の……)
鵜飼は後頭部を擦りながら立ち上がった。あれほど強い衝撃が来ていたのにも関わらず、頭に痛みは残っていない。
「い、今の衝撃は何だ?」
叫ぶように言った吉宗も、運転席で頭を抱えている。吉宗の身にも、同じようなことが起こったのだろうか。
と、ここで、サイドミラーに映る自分の姿が鵜飼の目に入った。その姿を見て、鵜飼はギョッと目を見開けた。
「なに……これ……」
鵜飼の肌、目、口、体……等、全身のあらゆる部分が、セピア色に染まっているのだ。
(なんだこれ……?)
辺りを見渡すと、近くの家、郵便ポスト、空、太陽……等、鵜飼だけでなく、ありとあらゆる物が全てセピア色に染まっており、元の色が分からない状態だ。
運転席に座る見郷吉宗も、セピア色に染まっている。
「な……何なんだこれは……」
吉宗も遅れながら気付いたらしい。全てのものがセピア色に支配されていることを。
「ど……どうなってるの?」
何が何やら解らず、鵜飼は頭を掻き乱した。
その時、
「お、おい……何だあいつは……」
吉宗は驚愕の表情で前方を見た。
吉宗の視線を辿ってみると……道の先からセピア色に染まっていない人物が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきていた。
その人物を見て、鵜飼は先ほどより更にギョッとした。
「何であいつが……」
こちらに歩いてくる人物は、何故かセピア色に染まっていない。
上下に青いジャージを着た中肉中背の男で、顔に覆面を被っている。
男が被っている覆面には、目や鼻や口の部分に穴が無く、まるでフェンシングの選手がするマスクのような形をしている。
覆面には無数の横線が引いてあり、それらは数センチほどの隙間が空いている。その隙間ごとに色が塗られていて、赤、青、黄、緑……等、多くの色が使われている。
虹色の覆面を被ったその男は、鵜飼が見る夢の中で『誘拐犯』と呼ばれている者だ。
「……何で……誘拐犯が……」