【1話】馴れ初め
目を開くと、見知らぬ天井が見えた。
「ここは……」
鵜飼はベッドの上で仰向けになっていた。ゆっくりと半身を起こした瞬間、頭にキーンと嫌な感覚が走った。
脳が悪い電波で刺激されたような、初めての刺激だ。
「うぅ……」
頭を軽く振って緩和を試みたが、キーンと、脳に嫌なものが走る。
「安静にしてた方がいいらしいわよ」
突然、横から聞き覚えのある鼻声が……。
その方を見ると、ベッドに隣り合う椅子に、白いマスクをした女子が座っていた。
見郷紫乃だ。
「ここ……何処?」
鵜飼はキーンとする頭を抱えながら、辺りを見渡した。
ベッドの周りは白いカーテンで遮断されている。
「学校の保健室よ。寝ぼけてんの?」
見郷は鼻声で攻撃的に言うと、肩まで伸びた黒髪を邪魔くさそうに後ろへ払った。
「……ねえ……今……何時間目?」
「放課後」
「うわ……最悪だ……」
鵜飼は頭を掻き乱した。その時、見郷が手のひらを差しだしてきた。
差し出された手のひらには、とっても怪しい白い錠剤が一粒。
「えっと、何これ?」
「さあ?」見郷は肩をすくめた。
「いや、『さあ?』って……」
「知らないものは知らないのよ。保健室の先生に『緩和剤だから飲ませろ』って言われただけだから」
「え? 緩和剤? 何の?」
「あーもう! つべこべ言わずに飲みなさいよ! 面倒な奴ね!」
見郷は更に強く錠剤を差しだしてきた。その勢いに呑まれ、鵜飼はつべこべ言わずに錠剤を飲んでいた。
すると不思議なことに、キーンとしていた頭が一瞬にしてスッキリした。
(あー……この緩和剤か……)
おそらく神崎が夢のこと等を上手く伏せて、飲ませるように仕向けたのだろう。
「……ていうか、何で見郷がここに居るの?」
「保健委員だから、先生に『目を覚ますまで看病しろ』って言われたのよ。面倒だけど断ったらもっと面倒なことになりそうだし、今日は別にこれといった用事は無いから、暇つぶしも兼ねてしょうがなく嫌々待ってたってワケ」
「は……はは……。そうなんだ……」
そこまでハッキリ言われると、男として自信が無くなる。
もし鵜飼が藤井のような美少年だったら、良い雰囲気になっていたのだろうか。
「ま、そういうワケだから」
見郷は椅子から立ち上がり、肩まで伸びた黒髪を後ろに払いながら背を向けた。
「ねえ、ちょっと待てよ」
見郷がカーテンに手を掛けた瞬間、鵜飼は呼び止めていた。見郷は面倒くさそうに振り向き、腕をダラッと前で組む。
「何よ?」
ここまで攻撃的な鼻声はあるか? と思えるほどの勢いで見郷は言った。
「ありがとう。理由はどうあれ、目を覚ますまで居てくれたんでしょ?」
礼を受け取ると、見郷は鵜飼を鋭く見つめた。
今朝の、攻撃的な目とは違い、何だか不思議な生き物を見るような目をしている。
「な、何?」
「別に」
見郷は背を向け、カーテンを勢い良く開けて出て、シャッと勢い良く閉めていった。
「何だかな……」
鵜飼は背中からベッドに倒れ込んだ。