【22話】目覚める戦闘の才能②
「お見事です、鵜飼さん」
神崎は床に着地。そしてパチパチパチと、短く拍手した。
「実戦でこれだけ動くことができるとは思いもしませんでした」
ニッコリと微笑む神崎の顔を見て、鵜飼の緊張はホワッと解れる。
「しかし一つだけお訊きしたいことがあります」
神崎が視線で『ある部位』を指してきたので、質問の意図をすぐに把握することができた。
「右手のこと?」鵜飼は『右手』を上げて、「これは【ミギテ借り出し】っていう合図で借りたんだ」
「……借りた?」
神崎は小首を傾げた。鵜飼は『右手』を使ってトムを指差す。
「再生が無いなら、人を呼び出して、その人から借りればいい。どうせ自分の右手だけを呼び出しても、再生と見受けられて無効になるだろうから、僕は呼び出した人から右手を借りたんだよ。ありがとう、トム」
鵜飼の呼び掛けに応じて、トムは手首の付け根まで無くなった右腕を振った。その隣でナンシーは腕を組み、優しく微笑んでいる。
「二人とも、またね」
彼らに別れを告げてから、鵜飼は『右手』でパチッと指を鳴らした。トムとナンシーは消え、借りた『右手』も消滅。
「なるほど。あの時に誘拐犯の背後で唱えた【ミギテ借り出し】の時に男から右手を借り出したのですね」
そう言った神崎は、とても感心した様子だった。
「失ったパーツを借りる、という斬新な発想には正直驚きました。どうやらあなたには、並外れた戦闘センスがあるようですね」
「そ、そう?」
不意の褒めに、鵜飼は思わずハニカンでいた。
「あれほどの窮地に陥った後、そこから巻き返すのは素晴らしいとしか言いようがありません」
「ありがとう……。まあ、火事場のバカヂカラに近いかな……。自殺者のこともそうだし、失敗すると穂苗の蘇りが無くなるって聞いたからさ……。頭で必死に対策を考えたんだ……。いつもはこんなに必死に考えるなんてこと、ないんだけどね」
ハハッと笑う鵜飼に対し、神崎が気まずい様子で頬を掻いた。
「あの、ええと、大変申し上げにくいのですが、実は今回の夢は本物ではありません」
へ? と鵜飼は声を出す。
「あなたの実戦での対応力を見るために嘘をつかせて頂きました。今の内に実戦に慣れて頂かないと、いきなり本物の夢で誘拐犯と闘った時にパニックになるかと思いまして」
「そ、そうなんだ……」
「はい。本当に申し訳ありません」
深く一礼した神崎に、鵜飼は「いいよいいよ」と微笑んだ。
「お陰で実戦の空気を把握できたし、右手が無くなった時の対策も生み出せたし」
そうですか……と神崎は静かに言った。
「とりあえず、もう訓練の必要は無さそうですね。今のあなたならば、並の『自殺思念』しか持たない誘拐犯には遅れを取ることはないでしょうから」
「……自殺思念?」
初めて聞くキーワードに、鵜飼は思わずオウム返しをしていた。
「簡単に言えば、自殺思念とは、自殺しようとする気持ちのことです。それが強ければ強いほど、自殺者に対応する誘拐犯は強くなるのです」
言うと、神崎はパチッと指を鳴らした。
「ではまた今度、お会いしましょう」
神崎が一礼した瞬間、謎の力が働いて、鵜飼のまぶたが静かに閉ざされた。
【第1章、終わり】