【20話】あなたを鍛えるための夢
どうやら夢に入ったようだ。
舞台は四方八方白い壁の部屋。部屋には何も無く、学校の体育館ほどの広さがある。
鵜飼は制服姿のまま部屋の中央に立っており、前方には神崎が立っている。
「どうも。では早速、説明に入りますかね?」
鵜飼はげんなりとため息を吐いた。神崎は不思議そうに首を傾げる。
「どうしました? 顔色が冴えないですよ?」
「……はは……できればこうなるってこと、言ってほしかったな~って……」
「そうですか」神崎はクスッと笑って、「それでは鵜飼さん、気持ちが落ち着くまで、説明は座って聞いて下さい」
「あ、うん……」
鵜飼は眩しいほど白い床に座り込んだ。
(ここは……)
見上げても見渡しても何も無く、真っ白な壁が出迎えるだけ。照明が無くても明るさがあるところは「夢だから」とだけで説明がつく。
「実はですね、説明も踏まえて、あなたを鍛えるためにこの夢に呼んだのです。無論、鵜飼穂苗の蘇りに近づくための、ね」
「……穂苗の……蘇りに?」
「はい。知っての通り、あなたがこれまでに見てきた夢は、自殺者を救うことができる夢のことを知ってもらうために見せた『まがい物』に過ぎません。自殺者を救える本当の夢を見る前に、誘拐犯を倒せるほどの戦闘力を身に着ける必要があります。今回はそのための戦闘訓練を兼ねた『本物の夢』であります」
「本物の……」
「はい。あなたはこれから行う実戦の中で、誘拐犯との戦闘について身をもって知ることになるでしょう」
「……誘拐犯との戦闘……」
「ではそろそろ、誘拐犯と戦闘しましょうか?」
「……え?」
不意に、中肉中背の男が神崎の隣にパッと出現した。
男は上下に青いジャージを着ていて、顔に覆面を被っている。
男が被っている覆面には目や鼻や口の部分に穴が無く、まるでフェンシングの選手がするマスクのような形をしている。
覆面には無数の横線が引いてあり、それらは数センチほどの隙間が空いている。その隙間ごとに色が塗られていて、赤、青、黄、緑……等、多くの色が使われている。
虹色の覆面を被ったその男は、石像のように直立不動している。
――誘拐犯だ。
「さあ闘うのです、鵜飼さん。そして彼を倒して、自殺者を救うのです。今回は特別に自殺者の選出はありません。そして何より棺桶が無く、その防衛のことを考える必要はありませんので、いつもよりはイージーでしょう。ですが私が呼び出したこの誘拐犯の性能が欠けていることは一切ありません」
神崎はチラリと誘拐犯を見た。
「先に言っておきますが【ヒラケゴマ】だけでは誘拐犯には勝てませんよ? 彼らは戦闘の最中で対策を練り出し、あなたを攻略するでしょう。この前の戦闘でも、あなたを対策したのではないでしょうか?」
「あ、うん」鵜飼は立ち上がった。「あの時、【ヒラケゴマ】を撃とうとした瞬間、誘拐犯が僕を指差してきて、それと同時に僕の右手が消えたんだ……。あれは間違い無く、誘拐犯の仕業だ……」
なるほど、と神崎は深く頷いた。
「あなたの【ヒラケゴマ】には右手が必要不可欠。そう判断して、誘拐犯はあなたの右手を滅したのでしょうね。この先も咄嗟にそう判断して右手を滅してくることでしょう」
「え? じゃあ【ヒラケゴマ】に頼らない方が良いのかな……」
うーん、と神崎は腕を組む。
「そうは言いません。【ヒラケゴマ】の威力は凄まじいですからね。捨てるのは勿体ないくらいなので、右手を滅されないように気をつけたり、他の技を考えてそれを織り交ぜる等の工夫をすれば良いのではないでしょうか?」
「なるほど……。右手への注意と、他の技……か……」
鵜飼は拳を口に当てながら言った。
「あなたが敗北したあの夢は『まがい物』であったから良かったものの、今回のような本番での敗北は許されません。敗北すれば勿論、自殺者が出てしまいますし……。何より本番の夢の中で一度でも救出に失敗すれば、鵜飼穂苗の蘇りは消滅しますからね」
「……え? 消滅……?」
鵜飼は顔を引きつらせていた。もし、あの夢が本番だったらと思うとゾッとする。そして、この夢で救出に失敗すると……。
「そう深刻に考えなくても大丈夫ですよ、鵜飼さん。今回の戦闘では私がちょくちょくアドバイスをしてあげますから。わけあって戦闘への介入までは出来ませんが、そうする必要もなく終えられるでしょう。自分で言うのもなんですが、私は口が上手いですからね」
「…………うん……。分かった……。お願い……」
緊張感を高める鵜飼に対し、神崎はニッコリと微笑んだ。
「どうやら準備は整ったようですね。では早速、この誘拐犯を倒して救出に成功して下さい」
「……うん……」
鵜飼は右手を誘拐犯に向けた。
「【ヒラケゴマ】!」