【19話】誘拐犯側の勝利条件とは
誰も居ない図書室にて。
鵜飼と神崎は机を挟んで向かい合うかたちで座っていた。
「こんな時間にすみません、鵜飼さん。授業もあるでしょうに」
向かいで神崎が申し訳なさそうに言った。
「ううん、気にしなくていいよ。神崎も忙しいんでしょ? それに、穂苗が蘇るためなら、授業の一つや二つぐらいどうでもいいし」
「そうですか」神崎はホッとした様子を見せた。「では早速、説明させていただきます」
神崎は向かいの席でしっかりとした表情を作った。
「今日は先日に説明できなかった、夢の中の戦闘についてお話しさせて頂きます。誘拐犯との戦闘について、です」
「誘拐犯……」鵜飼は深く思い出して、「誘拐犯ってさ、上下青のジャージ姿で、虹色の変な覆面を被った男……であってるよね?」
「はい。今からその誘拐犯との戦闘について簡単な説明をします」
「やっぱりアイツが誘拐犯か……」
「ええ。あなたがその誘拐犯に勝利する条件は、誘拐犯を倒すことです。逆に誘拐犯があなたに勝利する条件は、誘拐した人の魂が入った『黒塗りの棺桶』を、何らかの武器か手刀で破壊することです」
「黒塗りの棺桶……。あっ、そういえば誘拐犯の近くに置かれてたかも……」
「はい。誘拐犯側は、それを破壊すれば勝利となるのです」
ん? と鵜飼は声を漏らした。
「じゃあ、僕が来る前にあの棺桶を壊してれば、誘拐犯はわざわざ僕と戦闘する必要無いんじゃないの? この前の誘拐犯は何でそうしなかったの?」
「それは『救出者である鵜飼さんのような人物が接触してくるまで、誘拐犯は動けない』というルールがあるからです」
が、と神崎は繋げて、
「その代償として、誘拐犯側には『救出者を倒さなくとも、棺桶を破壊すれば、如何なる場合でも勝利できる』という強みがあります」
「……なるほど……そういえば……」
虹色の覆面を被った男(誘拐犯)は鵜飼が触れるまで動かなかったこと。
鵜飼より棺桶を優先にしていたこと。
そして、誘拐犯が手刀で棺桶を破壊した後、強制的に夢から覚めたこと。
以上のことを、神崎の説明を聞いてから、鵜飼は順に思い出していた。
「全部そういう決まりがあってのことだったんだね……」
それらのことを、鵜飼は脳に深く刻んでおいた。
「では次の説明を――と言いたいところですが、次の説明は実際に体験した方が早いと思うので……」
神崎は向かいから身を乗り出してきた。
神崎はそのまま四つん這いで机の上を進み、吐息がかかるほど鵜飼と顔を近づけてきた。
フワッと、女の子独特の良い匂いが、鵜飼のもとに届く。
「な、何?」
鵜飼は体を仰け反らして顔を離した。
「ちょっと失礼しますね?」
神崎は鵜飼の額にポンと軽い掌底を放った。
静かな勢いとは裏腹に、鵜飼の額にはガツンとハンマーで叩かれたような強い衝撃がきた。
脳を揺るがすほどの衝撃に鵜飼はグラッとし、そのまま椅子から床に倒れ落ちてしまった。