【17話】それぞれの出会い
「最近、あの頃の元気を取り戻したようだな、鵜飼」
廊下を歩く途中、藤井がそう切り出してきた。
「あの事件以来、死んだように生きていたおまえが信じられない」
「……うん……。だって、もうすぐ会えるからね、穂苗に」
五歩ほど、沈黙が続いた。
「本当に蘇ると思ってるのか?」
藤井がそう言った瞬間、鵜飼は足を止めた。
藤井も合わせて足を止める。
「何でそういうことを言うの?」
鵜飼はムッと藤井を睨んだ。
藤井はため息と共に、鵜飼から目を逸らす。
「人というのは、そう簡単に蘇るものじゃないと思って言っただけだ」
「違うよ、僕が訊きたいのはそうじゃない……」
何? と藤井は素早く鵜飼と目を合わせた。
「藤井も僕と同じぐらい、穂苗に蘇ってほしいはずなのに、何でそういうことを言うのか分からないんだ……。だって藤井は、穂苗のこと――」
「よせ!」
藤井は血相を変えて、鵜飼の言葉を遮った。
怯む鵜飼を見て悪いなと思ったのだろう。藤井はすぐさま表情を和らげて、鵜飼の肩をポンと叩いた。
「冗談だよ。相変わらずマジメだな、鵜飼は」
藤井は鵜飼の肩をもう一度叩き、廊下の先を歩いていった。
「ボーッとしてると置いていくぞ、鵜飼」
「……うん……」
嫌な空気を漂わせたまま、鵜飼たちは校庭の自販機に着いた。丁度その時、女子が自販機に小銭を食わせたところであった。
「では早速カフェオレを奢ってもらおうか、鵜飼」
「あ、うん、分かってるよ」
鵜飼は女子の後ろに並んだ。それとほぼ同じタイミングで、先ほど自販機に小銭を食わせた女子が飲み物を取った。
缶ジュースを手に持ちながら振り向いたのは、白いマスクをした女子であった。彼女が見郷紫乃だと気付くのに、鵜飼はワンテンポ遅れていた。
「や、やあ……」
咄嗟のことだったので、鵜飼は変な挨拶しかできずにいた。見郷は目元だけで怪訝な表情を作る。
「……何よ?」
見郷は鼻声だった。やはり花粉症対策のマスクなのだろうか。
「あ、いや、別に何でもないよ」
ね? と、鵜飼は藤井を肘で小突いた。藤井は眉を上げることで、その同意を見郷に示す。
「どうせ報告するんでしょ?」
突然、見郷が鼻声でそう言いながら、何故か鵜飼だけを睨み付けてきた。
「どうせ私が『父親の汚い金を使ってジュース買ってた』とかクラスメートに報告して、話題の種にしようとか思ってるんでしょ?」
「え? そんなことしないけど……」
「嘘」見郷は素早く言った。
「嘘じゃないよ……。だって僕は……そういう陰口で人がどれだけ傷つくか分かってるし……。傷ついて、この世界から逃げようって思っちゃう人が居るし……」
それに、と鵜飼は繋げる。
「そういう人を作りたくないし、見たくないんだ」
鵜飼はまっすぐ見郷を見ていた。
「な、何なのよあんた……」
見郷は目元だけで怪訝な表情をし、後退りをして鵜飼から距離を取った。
「鵜飼はこういう奴なのさ」
と、藤井が静かに口を開いた。
「は? どういうことよ?」
「見郷さん。君は鵜飼のことを知らず知らずに、第一印象だけで勝手なイメージを付けているようだが、実際に話してみれば分かるよ。俺が言ったことの意味が」
見郷は、藤井と鵜飼の顔を交互に見た後、何かを振り払うように首を何度も横に振った。
「バッカみたい……」
見郷は鼻声で言い放つと、素早く背を向けて校舎の中へ消えていった。
「見郷に嫌な思いさせちゃったかな……」
鵜飼はため息と共に、自販機に金を食わせた。
「俺にはそうは見えなかったが?」
「……そうだと良いけど……」
鵜飼は自販機に缶カフェオレを吐かせて藤井に手渡した。藤井はしなやかに缶を振った後、静かにカフェオレを飲み始めた。