【16話】経過報告と陰口
週明けの月曜。教室では朝のホームルームまでの繋ぎにと、生徒たちがダベっている。
机の上に座りながら喋る男子グループ、声を抑えながら喋る女子グループ等々……。多数のグループの会話が重なり、ワイワイガヤガヤとやかましい状態だ。
そんな中、鵜飼は自席で右手人差し指に巻かれた黒いテープをいじっていた。近くの席では、藤井一輝が静かに小説を読んでいる。
「鵜飼、あの夢の方はどうなんだ?」
言いつつ、藤井は小説を一ページ捲った。
「あれから神崎と会ってないから、何とも言えないというか……」
「それはそれは」
藤井は小説を読みながら話を流した。
いつもクールで、他人事のように振る舞う彼だが、その『心』は優しく、温かなものを持っていることを鵜飼は知っている。
態度には出さないが、鵜飼のことを誰よりも気にかけてくれているだろう。何せ彼もまた『大切な人』を失った者だから……。
(……神崎……次はいつ会えるのかな……)
ボーッとしていると、教室に見郷紫乃が入ってきた。花粉対策なのか、見郷がマスクをしている様は入学式の時から変わらない。そのためあまり表情が読み取れず、いつもブスッとしているように見えてしまう。
見郷がドアを閉め、二、三歩ほど教室に入った瞬間、教室は一気に静まり返った。
(……何だ?)
静まり返った教室は、次第にヒソヒソとした声によるざわめきに包まれる。そのざわめきは、明らかに見郷を標的としている。
皆を気にする素振りを見せず、見郷は肩まで伸びた綺麗な黒髪をなびかせながら颯爽と自分の席に向かった。すとんと着席すると、見郷は通学鞄から教科書やら筆箱やらを出して机にしまい始めた。
ざわざわ、ざわざわ……と、教室では見郷を標的としたざわめきが続く。みんな見郷の父親の話をしているようだ。
見郷の父親は政治家である。
つい先日、見郷の父親が建設会社から賄賂を受け取った疑いがあり……とのニュースが流れていた。
皆、それを出汁にしてヒソヒソ陰口を言っている。
(何とかしたいけど……僕じゃあ何ともできない問題だよね……)
見郷は机の中に持ち物を移し終えると、スッと立ち上がり、静かに教室を出て行った。見郷が居なくなったことをいいことに、教室では大っぴらな陰口が始まる。
「みんなで寄ってたかって攻撃して、さぞ楽しいだろうな」
呆れ顔で言いながら、藤井は小説を一ページ捲った。
「……だろうね」
呟いた拍子に鵜飼が立ち上がった。
「ねえ藤井、外に出ない?」
「うん?」生返事しながら藤井は小説を読んでいる。
「僕、嫌いなんだ、こういう空気……」
「……なるほど……」
言うと、藤井は静かに小説を畳んだ。
「しょうがない、付き合ってやろう。ジュースを奢ってくれるのなら、だが」
「あ、うん。じゃあ、中庭の自販機に行こうか」