【12話】必殺技を出してみよう
「では鵜飼さん、今からあなたの動作テストを行います。まず、手から炎を出して、教室の机や椅子を焼き尽くして下さい」
「え? 手から炎って……。僕、超能力者とかじゃないよ?」
鵜飼があまりにも素直に言ったためか、神崎はフッと吹き出した。
「鵜飼さん、ここは夢の中ですよ? 空を飛んだり、手から炎を出したりすることは容易いはずです」
「あ、そっか……」
クスクス笑う神崎を見て、鵜飼の顔はカッと熱を帯びる。
「では気を取り直して」神崎はコホンと咳払いをして、表情を引き締めた。「鵜飼さん、教室の机と椅子を焼き尽くして下さい」
鵜飼は制服の右袖を捲り、右手を教室の中央に向けた。そして右手から炎を放出するように念じたが、何も起きなかった。
「あ……あれ?」
更に強く念じて右手をブンブン振ったが、何も起きない。
「あれ……おかしいな……」
更に更に強く念じたり、右手を振り回したりしても、炎が放出されることはなかった。
どうしてだろうと焦る鵜飼に、神崎が歩み寄る。
「あの……。失礼ですが鵜飼さん、想像力がとても乏しかったりしませんか?」
「そ、そんなことはないと思うよ? 今すぐに出るよ、きっと!」
鵜飼は右手をグーにしたり、チョキにしたり、ポーズを変えたりと、他にも色々試して炎を放出しようとした。
が、火の粉すら放出することはできなかった。
「そんな……」
夢の中なのに鵜飼は疲れ果て、その場に中腰になった。
「ふむ、どうしましょうか……」
神崎は困り顔で、拳を口に当てた。
「僕……そんなに想像力が無いのかな……」
鵜飼はガックリと肩を落とした。
「ここは普通の夢とは別次元で、思考等は通常時のそれか、それ以上のものを発揮できます」
……確かに……。頭の回りは現実と遜色ないと鵜飼は感じている。
「そのため、鵜飼さんは『ここは現実だから炎は出せない』と頭が思い込んでいるから、なのかもしれません」
つまり頭が固い状態……?
「鵜飼さん、炎を出す際の合図を決めるのはどうでしょう?」
「……合図?」
「ええ。炎を放出するための『きっかけ』となる合図を決めたら、上手くいくかもしれません。【ヒラケゴマ】とかどうでしょう?」
「あ、うん……。やってみるよ……」
鵜飼は大きく深呼吸をした。そして整列された机と椅子に向かって右手を広げ、合図を唱える。
「【ヒラケゴマ】!」
鵜飼の右手のひらから、ゴウッ! と勢い良く巨大な火柱が放出された。
火柱は教室の机や椅子を豪快に焼き尽くし、通過した床を激しく燃え盛らせた。その炎は紅く綺麗で、幻想的な雰囲気を漂わせている。
「で……出た! 出たよ神崎!」
嬉しさ一杯で、鵜飼は大きく笑みを溢した。それを祝福するように、神崎はうっすらと笑みを浮かべる。
「申し分の無い威力ですね」
言いつつ神崎は燃え盛る教室を見渡した。メラメラ燃える炎からは熱を一切感じられず、教室も暑くない。そういったところは『夢だから』と一言で片付けられる。
「夢の中の戦闘に慣れるまでは、誘拐犯に対抗する手段はこの【ヒラケゴマ】一本でいってみましょう」
神崎は関心するよう、何度も頷いた。
「どうやらあなたはコツさえつかめば伸びるタイプのようですね」
「そ、そう?」
不意に褒められ、鵜飼は思わずはにかんだ。
「とりあえず、しばらくは炎を出したり技を出したりする際に、何らかの『合図』を言った方が良さそうですね」
丁寧に言った後、神崎はさり気なく指をパチッと鳴らした。すると間もなく、辺りの色が白と黒だけに支配され、空間そのものが砂嵐のようにザザザ……と、ぶれ始めた。
「……何だ?」
ぶれはすぐに収まり、辺りも本来の色を取り戻した。気付けば燃え上がっていた炎や形跡すらも消えており、更に焼き尽くされたはずの机や椅子も元通りになっている。
「あなたも訓練すれば、いずれ、こういったこともできるようになるでしょう」
言うと、神崎は柔らかに微笑んだ。