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超短編小説『千夜千字物語』

『千夜千字物語』その4~欄干の男

作者: 天海樹

「あー、また飲んじまった。

 奥さんにも“たいがいにしてよ!”って止められてるのに」

すっかり酔っぱらった帰り道、

橋に差し掛かると欄干に立つ人影が目に入った。

辺りは暗くてはっきりとはわからないが、

背広を着たちょっとくたびれた男であることはわかった。


「自殺かー」

大きなため息をついた。

なぜなら、今月に入ってから自殺しようとする場面に

8回も遭遇しているからだ。

戦績は7勝0敗1分。

7人説得して、1人は力ずくで自殺を止めさせた。

でも、正直うんざりしていた。

初めこそ変な使命感で懸命に説得していたが、

力づくで止めさせた時から

自分のやってることに疑問を持ち始めたのだった。


もし飛び降りたら、

この高さとこの寒さから

落ちたら十中八九助からないだろう。

ここは暗がりで気づかなかったことにして通り過ぎよう。

そう思い、その男の横を通り過ぎたとこだった。

冷たい風が頬を撫でた。

すると、

「見て見ぬふりか…」

と男の声が聞こえた。

声のする方へ振り向くと、

いままさに自殺をしようとしているその橋の上の男だった。


“生きていればなんとかなる”

そう思っていたけれど、

自殺を止めることはエゴなんじゃないかと。

止めた人たちはみな幸せになっているのだろうか。

死ぬよりも辛い日々を送ってやしないだろうか。

男はそう思うと、やるせなかった。

生きていくっていうのは正直しんどい。

大した悩みがなくたって、

“死ねば樂になるだろう”

なんて考える。

この上なく辛い事や苦しい事があればなおさらだろう。


男がそんなことを考えて躊躇している間に、

橋の上の男はあっさりと飛び降りた。

男は欄干に身を乗り出して川面を見た。

暗くてよくわからないが、もがいていないことだけはわかった。


男の身体全身が鉛のように重くなった。

「なんで助けなかったんだ…」

強い罪悪感に苛まれ

目の前が真っ暗になった。

酔って上機嫌でいた状態から

一気に闇へと落とされた男は、

まさに躁うつ病に見られる精神状態に陥っていた。


気付けば男は自殺した男と同じ欄干に立っていた。


すると、橋の袂から酔って上機嫌の男が歩いてきた。

その男が自分の後ろを素通りした時だった。

「見て見ぬふりか…」

自殺した男と同じセリフを呟いた。


男は、はたと思った。

まさかのことがいま現実に起きていた。

通り過ぎようとしているのは、

ほんの数十分前の自分であったのだった。

「でも、もう今のオレには関係ない」

そう呟いて、足を一歩前に出した。

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