95話 これくらいは当然
夜明け前とはいえ、当然、砦に見張りはついている。
表に二人。
裏に二人。
それと、軍用犬が三頭。
最近、移民関係でゴタゴタしているから、警戒が強い。
「風よ、我が意に従いその力を示せ。ウインドクリエイト」
魔法を使い、ふわりと宙へ飛ぶ。
自身にかかる重力を限りなく低くした。
放物線をゆっくりと描きつつ、俺は砦の頂上部に着地した。
ここなら見つかることはない。
それと、事前にハンターウルフに抱きついて匂いを移していたため、軍用犬に反応されることもない。
多少はおかしいと思われるかもしれないが……
基本、人間のみを警戒の対象にしているはずだ。
しばらくは問題ないだろう。
「入り口は……やはり、鍵がかかっているか」
中へ続く扉は頑丈で、しかも鍵がかかっている。
でも、問題ない。
俺は執事服の裏手に仕込んでおいたピッキングツールを取り出して、3秒で解錠した。
いざという時は扉の解錠も行う。
それが執事の嗜みというものだ。
「どんな嗜み!? そんな執事、いないからね!?」
はて?
妙な声が聞こえてきたような気がするが……気のせいか。
先へ進もう。
――――――――――
砦内の探索を進める。
西門を警備するための砦なのに、警備のための騎士はほとんどいない。
代わりに、冒険者のように見える兵士達が砦を支配していた。
「見たまま、冒険者っていうわけじゃないだろうな。おそらくは……傭兵。暁か」
今回の事件の容疑者は、ユーバード家。
そのユーバード家は、暁と繋がっている。
そう考えると、色々な話がスムーズに行く。
「暁と契約したことで、今回のような強気な態度に出た……大胆な行動を起こした、っていうところか」
やれやれ、とため息をこぼしたくなる。
後先をまるで考えていない。
まるで子供だ。
「ユーバード家は、まあ、なんとかなるかもしれないが……問題は、暁だな」
物陰に隠れて様子を見ているものの、なかなか動くことができない。
それだけ、傭兵達に隙がないのだ。
でも、連中はおそらく末端。
末端でこれだけのレベルだ。
上にいくと、とんでもない怪物が潜んでいるかもしれない。
「だが、引き返すという選択肢はない」
絶対にブリジット王女を助けてみせる!
――――――――――
「ようこそ、ブリジット王女。お会いできて光栄です」
「ナカド・ユーバード……あなただったのね」
豪華な調度品が置かれた客間で、ブリジットはナカドと対峙していた。
拘束は解かれている。
ただ、最低限のものしか食べていないため、体力がなく、うまく走れる気がしない。
仮に万全の状態だったとしても、走って逃げることは不可能だろう。
部屋の入り口に目をやると、カインとセラフィーが並んでいた。
ナカドの護衛と、ブリジットの監視を兼任しているのだろう。
この二人を出し抜くことは不可能だ。
ブリジットは逃げることは諦めて。
しかし、絶対に屈することはないと気を強く保ち、ナカドを睨みつける。
「こんなことをして、タダで済むと思っているの?」
「おや。王女はご自分の立場がわかっていない様子だ。今、この場で全ての主導権を握っているのは私なのですよ?」
「……」
その通りなので、ブリジットは反論できず、口を閉じてしまう。
ただ、それでも睨みつけるのだけは止めない。
「やれやれ。王女なのに、あなたは訓練された軍用犬のような方だ。気を抜けば、がぶりと噛みつかれてしまいそうで、恐ろしいですね」
「悪人にしか噛みつかないよ?」
「私が悪人? はは、それは面白い冗談ですね」
「こんなことをしておいて、悪人っていう自覚がないの?」
「私がしていることは悪ではありません。むしろ、正義というものですね。そのための力と意思。そう、それを成し遂げるための革命なのですよ」
ナカドは自分に酔っている様子で、そう言い放ち、ニヤリと笑うのだった。




